同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて5000回超

終活

終活の片付けで見つけたもの

IMG_4373
 やり始めると徹底してしまう悪いクセがあり、終活の一環で始めた片付けが止まらない。綿ぼこりと戦いながら、片っ端からゴミに出し、粗大ゴミは市の施設に運び、という作業を地道にしていると、ダイハッケンがあったりする。

 その1つがこれ。IIJのマイクロSDカードの契約書類一式である。IIJの文字を見た瞬間クレジットカード決済の明細のIIJと繋がった。それまでは何かの費用(って何の費用だ?)だと思い、月額1000未満なので首を傾げながらも何かの費用だ何だか分からんけどと思って放置してきた。それに違いない。

 徳島の親にタブレットを渡し(たような記憶がないわけではない)、その通信用のマイクロSDカードだ。こう断定できるのは几帳面な舎弟1号のメモが入っていたからである。そこには私の母の名前が記されているので、そういうことなのだろう。

 ユーザーIDやパスワードなども記されているので念のためIIJのサイトにログインしてみたら、まさしく。《解約可能2016/9/1〜いつでも》というメモも残っていて、IIJにずいぶん寄付してしまったようだ。遅ればせながら解約して、年間1万円ほどの無駄を解消できた。

 片付けをしていなければ見つけることができず、つまり気づかないままお金がIIJに流れ続けたわけで、片付けの御利益であるな。

 ところで、あのタブレット(を親に渡していたとしたら)はどうなったんだ?

私はゴミ屋敷に住んでいたのか

 終活は容易に終わらない。ゴミに出すにしても分別しなければならない。ため込んだ資料類を1つ1つ見ていくと、「これは今後使うかもしれない」と思うものがあったり、「こんなところにあったか!」と思わず喜ぶダイハッケンがあったりして、匍匐前進三歩進んで二歩下がるである。

 大敵は綿ぼこりだ。一軒家は風通しがいいだろうが、機密性の高いマンションは綿ぼこりが外に出る機会が少ない。書類に積もり、CDに積もり、押し入れの奥に積もり、部屋の角に積もり、ふわふわふわふわ舞い上がる。

 書類やCD、100円ショップで買ったプラスチックケースなどなどを片っ端から50リットルほどのビニール袋に放り込んでいくと、ビニール袋の山ができた。それでも終活は道半ば(笑い)。

 必要だと思って残しておいたものや必要だと思って買ったものばかりなのに、その大半は時間が経てば単なるゴミになってしまう。私も生ゴミみたいなものだからゴミだらけということになる。

 今後20年わたしに必要なものは何だろうという目で見ていくと、ほとんどないことに気づく。いや本当に。かろうじて挙げれば36回ローンで買ったレッツノートとアイフォン、ガラケーがあれば間に合う。恐ろしいことである。


 

綿ジゴク変

「はやったん」というのは徳島市の助任小学校時代の同級生林君のあだ名である。そのはやったんの家は綿の生産をしていたように思う。大きな倉庫があり、綿を詰めた巨大な球体が転がっていて、そこで何度遊んだことか。しばらく飛び跳ねていると鼻や喉に綿が詰まってきた。今思うと、自由に遊ばせてくれたはやったんのご家族にはただただ感謝である。

 さて。

 終活の1つとして寝袋の処理をした。市役所に問い合わせると、30センチ四方に切って可燃ゴミで出していいという。さっそくハサミを入れた。その瞬間綿らしきものがこぼれ出て、舞い上がった。掻き寄せようとしたがふわふわふわふわ。

 こうなるともう自棄(やけ)である。切り刻み、ふわふわふわふわ。切り刻み、ふわふわふわふわ。

 教訓。寝袋を自宅で切り刻んではいけない。

本のカバー裏に生じたシミだかカビだかの退治法

IMG_4297
 書籍のツルツルしたカバーを何と言うのか私は知らない。そのカバーの裏側に茶色いシミだかカビだかが生えているので、退治法をネットで探した。

 紙やすりで研ぐとか消しゴムを使うとか出てきたので試してみたが、カバーの紙がポロポロこぼれる。あかん。これでは穴が開いてしまうがな。エタノールで拭くという方法も試したが全く効果がない。無水エタノールは1000円もしたのにどないしてくれる!

 最後に思いついたのが台所用漂白剤の泡キッチンハイターである。茶色いシミだかカビだかに噴射して、しばらく置く。

IMG_4299


 泡が消えると、シミだかカビだかも消えているではないか。泡のあとが残っているので、濡れシートで拭う。これできれいさっぱり。

IMG_4301


 カバーとはいえ紙だから多少ふやけるけれど、衛生上も精神衛生上もよくなる。

 以上の写真は『告白の記 逢いたい』(石原まき子・主婦と生活社、1993年7月)のカバー裏。

 下の写真は『ザ・フォトグラフス』(日経BP出版センター、1997年)のカバー裏と表である。泡を拭かなかったせいか、カバー裏にはおねしょのあとのような色が残っている。薄い茶色なので溶け出したシミかカビの色か? しかしカバー表には何の影響も出ていない。

IMG_4302


IMG_4303








 

 

本棚の背中はいらんのちゃうか

IMG_4275

 重い腰を上げ、重い本棚を持ち上げた。

 イケアの本棚を買ったはいいが、重すぎる。よく考えると組み立てるのは私しかいない。やむなく2年くらい廊下に寝かせてきた。終活の一環として、本を捨てまくり、いろいろな整理をしている過程でようやく組み立てた。

 イケアの本棚の背中は薄い板である。本棚の背中に固定しようとしてもすぐに崩れ落ちる。なくても耐震性にさほどの影響は出ないだろう。背中がないほうが風通しがいいはずだから、カビを防ぐことができるのではないか。

 というわけで、背中をやめて立ち上げてみた。何の問題もなさそうだ。ダイハッケンかもしれない

中古ピアノを高く買ってくれる業者は

 子供たちが誰一人「いる」と言わないので処分することにした。25年くらい前に80万円くらいで買ったヤマハのピアノである。サイレントモードが備わっていてその音が2つか3つ出ないが、錆びも何もなく、保存状態は極めていいと思う。

 ネットで見つけた最初の業者の提示額は7万円だった。サイレントモードの修理ができないそうで、修理を外注に出すぶんを差し引いた金額なのだろう。

 新聞に広告をよく出している伸和ピアノが15万円を提示してきた。伸和ピアノで決まりだなと思い、引き取りの日時を決めた。ここで東京・三田で幼児教室を運営している村上先生から「も〜っとも〜っとたけもっと、には見積もりを出さないの?」と聞かれ、そうだそうだ忘れていた。タケモトピアノにも見積もりをもらおう。

 タケモトピアノの提示は20万円だった。え! え! えー! 

 ピアノは中継地点に集められ、大型トラックに移して大阪・堺市のタケモトピアノに運ばれるという。

 というわけで、ピアノを売るならタケモトピアノをイチオシとする。 

終活を始める

IMG_4216

 必要なものと不要なものを分ける。と言うのは簡単だが、やってみるとなかなか。しかし先に進むためにはやるしかない。私がまず取りかかったのは本である。

 数本の本棚に収容できないのでその辺に積まれているまだ読んでいない本が多数。読み終えて本棚に鎮座しているけれど今後読みそうにない本も多数。ここから取りかかった。

「絶対に必要な本」と「今後必要になるかもしれない本」だけ残す。あとは片っ端から捨てる。

 私は本に線を引いてページを折るので、古本屋に渡しても二束三文だろう。であれば自分のペースで選んで資源再生ゴミに出すほうがいい。

 2週間に1回の資源再生ゴミに本を出しながら思う。

「こんなしょーもない本を買ったのか。金額にしたら総額どれくらいになるだろう。買わなければ今ごろ少しは貯金ができたのではないか」

 いや、しかし、それは今の目線でしかない。そのとき、その本が必要だったのである。しっかり読んで吸収したのである(たぶん)。

 捨てる本はウンコに似ている。ウンコは元々は食べ物であり、大事なものを体内に吸収させて役目を終え、その姿がウンコなのである。最後はウンコになるんだから肉なんか食べなくてよかったなとはならない。しょーもないと今思う本は私に栄養を与えてくれたのである。そのおかげで今の私があるのだっ。

 感覚的には本の3分の1くらい捨てた。3分の2も残ったのは意外というか不徳の致すところでございますというか、うーん。

 取り扱いに困るのはサイン本である。長男と長女のサインを書いてもらった本多勝一さんの全集の2冊。仲が良かったころに買い求め、サインしてもらった。読めば間違いなく面白いから送るしかないのだが。
読者のお言葉
月別分類
略歴

ニシノ説論者

ニシノ書店