同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて5000回超

ジャーナリズム

『週刊文春』の読みどころは渡部某の記事ではなく

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 読みたい本が山のようにあるので買うつもりは全くなかったのにセブンイレブン広島中央郵便局前店で見つけたので買ってみたのが『週刊文春』6月18日号だ。売り切れと報じられていたが3冊あったぞ。

 左右の2本の柱が立つかどうかが週刊誌の売れ行きに影響するということを昔教わった。今回の目次の写真を載せておくが、右と左に2本の柱が見事に立っている。どちらも食欲をそそる特ダネで、そりゃ売れるわなぁ。

 渡部某の下ネタ情報を誰が漏らしたか。これが私の関心事だった。本誌には《渡部の知人》としか書いていないのだが、全体像を知る知人となるとそう多くないはずで、渡部本人なら「あいつだな」と推測できているのではないか。

 さてそんなことより、「ウソの女帝小池百合子と同居男『疑惑の錬金術』は興味深い。「宝塚ボーガン4人殺傷犯“美魔女”母への憤怒」も面白い。「ゴミ、ホコリ孫正義マスクもこっそり回収されていた」も知らなかった。「大坪不倫審議官がまさかの大出世」も執拗だ(笑い)。先週号から連載が始まったのは知っていた「ヤメ銀 銀行マンは絶滅するのか」は元日経記者が書いていて、時宜を得たテーマなので引き続き読みたい。

 週刊誌の編集は実力の世界である。それが証拠に世界一の新聞発行部数を誇るあの読売新聞社が週刊誌を潰したもんなぁ。『週刊読売』で駄目で『読売ウイークリー』だっけかそれも駄目で、結局撤退したもんなぁ。宅配制度に守られた新聞と違って毎号毎号が勝負の週刊誌は読売新聞社でさえうまく行かなかった。その劣等感が左前になった中央公論社の買収につながったと私は解釈している。

『サンデー毎日』編集部に異動して編集側になって初めて気づいたのは、出版社系の週刊誌は新聞社系週刊誌と態勢が全く違うということだった。記者が自分で企画から取材、執筆までやる新聞社系より、編集者が中心になって鵜飼いの立場となり大勢のフリーを動かす出版社系のほうがネタも豊富だし面白くなるに決まっている。当時の私の名刺は「サンデー毎日編集部記者」であり、「サンデー毎日編集部編集者」ではなかった。雑誌の要である編集者は果たして編集部に1人でもいたのか、という根本的なモンダイである。

 小選挙区制が敷かれる前に政治部出身の先輩記者と一緒に『サンデー』で特集を組んだけれど、「これ、誰が読むのだろう?」と疑問を抱いたもん。こういう企画は新聞社系の強みでもあるのだろうが裏目に出たら目も当てられない。

 私は活字が好きなので、時間を食うと分かっているのに、買った週刊誌は隅々まで目を通してしまう。それが嫌で週刊誌を買うのを控えてきたのだが、久しぶりにしゃぶり尽くさざるを得ないのだが、面白いなぁ『週刊文春』は。




 

スゴ腕の産経と朝日記者

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 何に驚いたって、黒川検事長と雀卓を囲むほどの親密な関係を築いていた産経と朝日の記者がいたことだ。しかも自宅に呼んだって、どれだけ強いんだ産経記者は。

 これほどの食い込みを評価しない人は業界内にいないのではないか。あっぱれと言うほかない。

 これを大上段から批判する報道業界の人がいたら、それはきっと冗談だろう。

 問題はこれがどこから漏れたかだ。産経新聞社内から週刊文春に情報が行ったと言われていて、そういうことを報道機関がやったらおしまい、自殺行為だ。締めあげるべきはそいつだな。


 

見応えがあったNHKスペシャル「JFK暗殺」

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 連休中に2回に分けて放送されたNHKスペシャルのシリーズ「未解決事件」。第8弾は「JFK暗殺」だ。こういう番組を大学時代に見ていたら、新聞社だけではなくNHKも受けたかもしれないとあらためて思う。NHKなら記者職ではなく制作職が面白そう。

 それはさておき、ジャクリーンさんはどう見ても車の後部に逃げ出している。真横の夫の頭が吹き飛ばされて驚き、逃げ出したとしか見えない。

 いや、逃げ出していいのである。私だって同じ状況なら逃げ出す。いくら配偶者でも頭が吹き飛んだら怖いし(しかも真横にいる)、自分も狙撃されるのが怖いから、そりゃ逃げ出します。

 話を戻すと、何とも重い内容で、ケネディ暗殺の調査資料の公表を約束したトランプ大統領が撤回した理由は政権内のパワーバランスを考えたせいかもしれない。大統領選近いし。新型コロナ騒動がどう転ぶか分からないし。余計なことをしないほうがいいと判断したのではないか。

 JFKが暗殺されたとき私は0歳2カ月。


 

 

『ハフポスト』に移ったのか!

 最近『毎日新聞』紙上で名前を見なくなったと思っていたら、なんと『ハフポスト』で見つけた。私の舎弟2号と同じ名前で、ちょっと珍しいというか、分かる人には「おや。おくのほそ道ね」と分かる名前なので、勝手に親近感を抱いていた。

 彼女をよく知るアリちゃんにこのことを話したとき「彼女は東大の上野ゼミ出身ですから、西野さんの腕なんかすぐに捻られますよ」と脅された。まるで私が何かその辺の出歯亀かセクハラ親父のようなシッケイな言い草だが、まぁ、当たらずとも遠からずか。いや違う。――というお約束のボケ突っ込みはさておき。

 そうか、『ハフポスト』か。これから『ハフポスト』もよく読むようにしよう。実際彼女はいい記事を書いている。たまたま今さっきネットで見出しを見て記事を読み、このいい記事を書いたのは誰だろうと思ってふと見たら彼女だったのである。媒体が変わっても、いい記事を書く記者はいい記事を書く。

頭隠して尻隠さずか

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《書いて伝えることの重さにこだわりたい》という結びの一文。イイタイコトはよく分かるし、気持ちもよく分かる。3月4日付『毎日新聞』朝刊(東京本社版)「記者の目」の「前線で考える新聞の興亡」である。

 でもね。それ、あなたの仕事だから。それで世間水準を上回る給料をもらっているじゃないか。世の中いろんな人がいろんな仕事をしている。それなのに、新聞記者が自分の会社の紙面でいちいち胸を張ることの奇妙さになぜ気がつかない?

 この「記者の目」で書いていないことに私の目は向くわけよ。

 莫大な退職金を払って100人だか200人だか希望退職を募った言論機関ってどう思う? 経営責任を取らない経営陣を放置している新聞社の記者って信用できる? 首相会見の馴れ合いがネットで話題になっているのにひとことも書かない政治部って頬被りして逃げてない? あまりにもつまらないコラムの数々をいつまで載せるんだ? 降版を早めたことは読者に伝えないの? 夕刊の手抜きを始めたことも読者に伝えないの? 

 こんな我田引水自己満足の記事をもう載せるなよ。紙価が下がるだけだ。


  

このオチは駄目でしょう朝日新聞論説委員吉岡桂子さん

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 私は『朝日新聞』の「多事奏論」のファンである。しかし2月22日付朝刊(東京本社版)の「隠される情報 声をあげなければウソは続く」はいただけない。編集委員・吉岡桂子さんのイイタイコトに賛成だし、全く異論はない。

 ところが、である。《私は声をあげるひとりでありたい》という結びの一文は最低だと言わざるを得ない。

 私の分類では「決意表明」に入る。この手の決意表明は特に報道業界で時々見かける奇妙な鼻息である。

 それ、あなたの仕事でしょ。《声をあげる》のは、会社からお金をもらってやっている仕事でしょ。やって当たり前でしょ。

 駆け出しの記者が「記者の使命」とか何とか息んで書く気持ちは分からないではない。しかし業界の外から一読者として読むと異様なのである。「それ、あんたの仕事やんけ」と言いたくなるのである。

 この手の決意表明は取り扱い要注意だと各社の新聞用語集に載せておくほうがいいね。

選ばれなかった『日本経済新聞』のなぜだ

 選ばれると不名誉だが、選ばれないのもちとクヤシイ。ゴーンさんの会見を日本の報道会社が見るとこんな感じだろうか。

 選ばれたのが『テレビ東京』というのは納得だ。あの会社はジャーナリズムなどないもんな。次に『小学館』というのは正直よく分からない。『週刊ポスト』がへつらってきたのだろうか。まぁ、ジャーナリズム体質は弱い会社だからな。

 しかし一番分からないのが『朝日新聞』だ。「ゴーン被告、レバノンに逃亡」という見出しでも分かるように報道は厳しかったし、バリバリのジャーナリズム体質なのになぜ。

 一方、歯噛みしたのが『日本経済新聞』だろう(笑い)。「ゴーン元会長、無断出国」という見出しは『朝日』に比べるとゴーンさんに180度甘い。それなのに、子会社の『テレビ東京』が選ばれて何でうちが選ばれなかったのかと憤まんやるかたない思いになっているはず。「日本の経済ならうちが一番」という自負もあるだろう。それだけに外野としては面白いのだが。


 

『天声人語』は和歌が分からん

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 人工知能(AI)が俳句を作っていることを紹介して《成長が楽しみでならない》という陳腐な結びをしたのが1月4日付『朝日新聞』の「天声人語」だった。この結びを読んでがっかりしたのは、俳句や和歌(短歌)への底の浅い視座が見えたからだ。

 AIが作った俳句(やたぶん三十一文字)に(も)好感を寄せるこの姿勢はダッチワイフを抱いて射精するのに近い。

 性癖はいろいろあっていいけれど、恋愛や性交は人間相手にしたい。私はね。目の前にダッチワイフを置かれても興味は湧かない。なぜなら人間ではないからだ。

 俳句や短歌が面白いのは、技巧に凝ったり架空の話を作ったりしながらも作者の素顔がほんの一瞬見え隠れするからではないか。先日読み終えた池澤夏樹編集の『日本文学全集』第2巻のどこかでも誰かがそういうことを書いていた。

 AIが技巧に凝った俳句を作れば人間のにおいをさせることができるだろう。人間が作ったのかAIが作ったのか判断できないだろう。しかし、なのである。私はダッチワイフを抱きたくない。俳句を製造するAIの成長が楽しみとも思わない。そこに生身の人間がいないからだ。

 ダッチワイフではなくアニメのキャラクターでも私には同じ。人間が生む感情にしか私の感情は動かない。

日経VS朝日毎日読売産経東京

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 どうもよく分からない。ゴーンさんの肩書きである。『日本経済新聞』だけが4日付朝刊でも「元会長」としている。他紙は「前会長」だ。

「元」と「前」の違いなど読者にはどうでもいい話だろう。しかし、これを間違えると普通は死ぬほど怒られるところだし、位置づけもずいぶん変わってくるから、私は気になる。『日経』は「前」を「元」に含む表記ルールなのだろうか。


 

恒例元日紙面比べ

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 元日の楽しみはこれ。

【ゴーンさん編】
 ゴーンさんのニュースが各紙の元日紙面(全国紙は東京本社版の13から14版)を制覇したのは面白みに欠けた。見出し別に分けてみた。下に行くほどゴーンさん擁護が強まる。

・ゴーン被告、レバノンに逃亡=朝日新聞

・ゴーン被告、レバノン逃亡=毎日新聞、産経新聞

・ゴーン被告、海外逃亡=東京新聞

・ゴーン前会長海外逃亡=神奈川新聞

・ゴーン元会長、無断出国=日本経済新聞

 ちなみにNHKは「ゴーン元会長出国」だった。

 新聞業界では「前」と「元」を使い分ける。『神奈川』が「前会長」と打ったのは何かの勘違いか?


【独自ダネ編】
・「日米で月面着陸」NASA長官が提案=毎日1面肩
 夢がある話だが、日本から金を取ろうということだな。

・「国会議員5人に現金」 IR汚職 中国企業側が供述=朝日1面頭
 政治家とカネの醜聞。疑獄が始まった。

・中国製機器制限へ新法 5Gなど ファーウェイ念頭=読売1面肩
 そこまでやる必要がある証拠を政府は持っているということか。

・銀座の高架道路廃止へ 30年にも 跡地に空中公園=東京1面頭


【注目編】
 多和田葉子さんに朝日賞。
 次のノーベル文学賞を狙う多和田さんに朝日が先に授与しておいたと私は見る。

 毎日芸術賞特別賞に今野勉さん。NHK「宮沢賢治 銀河への旅」演出などで。
 NHKで放送されたこの番組を私はたまたま見た。宮沢賢治が密かに抱えてきた苦しみを追究した結果、見えたもの。私はため息が出た。


【西野賞特別お笑い賞】
 産経1面で論説委員長が「政権長きゆえに尊からず」と珍しい見出しの記事を書いたのでチラッと見たら「6年も参拝しないのは…」だって。そこかよ! 


【西野賞大賞】
 朝日の神奈川面の連載(なのか?)「ともに」の記事。最首悟先生夫妻と星子さんを取り上げた。見出しは「頼り頼られ生きてゆく」。今こそこの地点からの発信が重要だ。繰り返し繰り返し、手を変え品を変えてこういう記事を出していくのは朝日ならでは。

 日経が「逆境の資本主義」という連載を始めた。大所高所から資本主義に焦点を当てるしかないのだろうが、ツマラナイな。朝日は「志エコノミー」という切り口の面白い連載を始めた。ブレディみかこさんと福岡賢一先生の対談も読ませた。朝日は本紙のこういう気骨が地域面の記事にも及ぶのだろう。

元農水相事務次官の長男殺人と『子供たちの復讐』

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 元農水相事務次官が長男を殺した事件の報道を見聞きしてすぐに浮かんだのが『子どもたちの復讐』(朝日新聞社、1986年)だった。

「開成高校生殺人事件」(1977年)と「祖母殺し高校生自殺事件」(1979年)を上下巻でまとめた本多勝一さんのこの単行本を私は今も持っている。下巻には祖母を殺して自殺した早稲田高等学院高校のAが書いた遺書が載っていて(文庫本化されたときは削除されていた)、「学歴」だの「エリート」だのに対して異様に負荷のかかる家庭環境や青年になった男に対して家族が距離の取り方を誤ると人間の人格を破綻させうると知った。

 元農水相事務次官の殺人事件はお嬢さんの自殺という衝撃的な話が裁判で出てきたこともあり、何となく世間の同情を誘った。

 しかし、それでいいのだろうか。長男が適応障害になったという理由で事件の幕を下ろすのではなく、何がどうなってなぜ間違ったのかを報じる記者はいないのか。本多さんが取材したころと違って今はプライバシー保護がやかましく言われるけれど、元事務次官に同情する前に殺された長男に同情を寄せるのが筋ではないか。似たような惨劇を何度も繰り返さないよう、家庭で何が起きてきたのかを共有する価値はあると私は思うのだが。

スプリングボクスの優勝とマンデラ大統領を新聞各紙はどう報じたか?

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 スプリングボクスのファンになった私は各紙がマンデラ大統領をどう報じたか気になった。

 1面で報じたスポーツ紙の『日刊スポーツ』には見当たらず。

『読売』はスポーツ面で《アパルトヘイト(人種隔離政策)撤廃後、初出場で優勝した一九九五年W杯に象徴されるように、南ア国民にとってラグビーは特別なものだ》と素っ気ない。

『朝日』は国際面で《南アが自国開催の95年に初優勝した際、人種の融和を訴えた故マンデラ大統領は背番号「6」のジャージーを着て優勝カップを手渡した。時を経て、同じ背番号をつけたコリシ選手が、黒人初の主将としてカップを頭上に掲げ、仲間たちと喜びを分かち合った》。

『毎日』は社会面で《南アフリカが初めてW杯に参加したのは95年のことだ。人種融和を目的に自国開催を実現させた同国で黒人初の大統領、ネルソン・マンデラ氏(故人)が背番号「6」のジャージーを着て優勝杯を手渡すシーンは、多くの人の記憶に刻まれた。24年の時を経て、同じ「6」を背負うコリシ主将がチームの精神的支柱になり、優勝杯を誇らしげに掲げた》と書いた。

 似たような記述だが、『朝日』に比べると『毎日』のほうが臨場感というか、書き手の感動が伝わってくる。

 珍しいことに『毎日』はスポーツ面でも触れている。

《南アフリカにとって「ラグビーは国技」(プロップ・コッホ)。精鋭が集まる代表チームは強い影響力を持つ特別な存在だ。アパルトヘイト(人種隔離)政策が撤廃され、W杯の舞台に初めて立ったのは自国開催の1995年。「ワンチーム、ワンカントリー」のスローガンを掲げて初出場初優勝を成し遂げたチームは、融和を体現した。プラウドフット・コーチは「たくさんの希望や期待を与えてくれた」と振り返る》

 さて。背番号の「6」に注目したい。

 『毎日』『朝日』ともマンデラ大統領が「6」のジャージーを着ていたと記したが、その理由に触れていない。

 映画『インビクタス』を見ていないのか、見たけれど裏を取れなかったのか。映画が正しいとすると、当時の主将の背番号が「6」なのである。そこまで書いてあるほうが読者には親切な記事になっただろう。

 と、たかだか数日前に課題として映画を見て知ったばかりの私が知ったかぶりをする話ではないのだが。

【追伸】書き終わって気づいたことがある。11月3日付以前の紙面に書いてあった可能性があるのではないか、と。だとしたらすまぬ。


 

力尽きた毎日新聞社

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 今朝郵便受けをのぞくと、『毎日新聞』の日曜版とこの紙が入っていた。海老名印刷工場の停電とトラック運転手の安全確保のため、きょうの朝刊はあしたの朝刊と一緒に配達するというお断りである。

 停電したら仕事にならないのだから、対策として電源を備えてあるものだと思っていたが、なかったのだろうか。だとしたら次善の策として竹橋の本社か越中島のスポニチで印刷した紙面をこちらにトラックで運べば済む話だ。23時ごろには台風の中心は東京を過ぎていたから無理ではなかったと思う。

 手を抜いたとは思えないので、人の手配がつかなかったのか、印刷直前に停電して時間的に間に合わなかったのか。

 念のために平塚市内のコンビニなどを回ってみたが、『毎日新聞』だけがなかった。『産経』や『日経』『東京』でさえ(産経さん日経さん東京さんごめんなさい)あったのに。近未来の光景かもなぁと思ってしまった。

ワシもネタをつぶされたぞ

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 かんぽ生保のムチャクチャ販売問題を追及していたNHKが日本郵政側から抗議を受けての「クローズアップ現代+」の続編を延期したと9月26日付『毎日新聞』朝刊(東京本社版)が報じた。報道の自由を自ら歪めるNHKよお前もか。

 お前もか?

 そう、だって『毎日新聞』も抗議を受けて記者の取材にストップをかけたではないか。当事者の私が言うのだから間違いない。

 福島支局時代のことだからもう30年近く前の話だ。社会面に売り込もうとデスクに相談のうえ県内の某洗濯企業の問題を取材していた私に当時の石川支局長が「相手も反省していることだし、もういいんじゃないか」と事実上の取材中止を求めてきた。

 社会面に載ったかどうかは分からない。しかし、一石を投じるネタだと私は思っていたので張り切った。それをつぶしたのは、浅間山荘事件のときに刑事の寝床で話を聞き取って特ダネを連発したとかいう誠支局長だった。

 反省したからといって報じないなら報道機関はいらないのである。福島面に広告を出していようが社会人野球にその会社のチームが出ていようが関係ないのである。本来は。

 だから舐められる。

 私の反省は、『毎日』が駄目なら、親しい記者がいた共同通信か河北新報か読売新聞か産経新聞にネタを持ち込んで報じてもらうべきだった。あるいは労組に持っていってもよかった。半日サボタージュして抗議の意思を示す程度の弱腰しか持っていなかった私にも非がある。

 

新聞記者OBを再雇用するとしたら

 本多勝一さんは外信部で北京特派員。

 鳥越俊太郎さんは社会部で東京都政。

 ナベツネは政治部で首相官邸。

 西山太吉さんは政治部で外務省。

 大谷昭宏さんは社会部で大阪府警。

 長谷川熙さんは学芸部で朝日新聞などのメディア担当。

 いわゆるスター記者でご存命の人を挙げてみたが、こんなに少ないのか。それとも私が知らないだけ? 

新聞向けと週刊誌向けのネタができたけど

 1つは新聞の社会面に向いている。難しい取材ではない。某自治体は謝罪するしかない。

 もう1つは『週刊新潮』がいいかな。ネタの機が熟するまでじっと待つ。熟したら数時間もあれば人(具体的には2人。うち1人は大組織に属する)の足元をすくう記事ができる。

 しかし、である。私はネタを誰にも漏らさない。接して漏らさず。

毎日新聞社救済案?

 希望者を募るのはまどろっこしいので、50歳以上は全員解雇していいんじゃないか。解雇なら翌月から失業保険が出るし。どうしても残りたい人は賃金を半額くらいにする。でもって49歳以下は賃金を3割くらいカットする。

 東京本社も大阪本社も名古屋本社も今のビルから出て、その辺の雑居ビルに移る。空いたスペースは賃貸に出す。

 毎日新聞社の賃金は世の中の大半を占める中小零細企業の社員に比べるとまだまだ圧倒的に高い。今回の退職金だって「どんだけー!」というくらい多い。これでは世の中の一般市民の気持ちなど分からない。

 手っ取り早く中小零細企業並みの待遇に落とすことで、記者は大事なことに目覚める。記事が確実に変わる。その結果読者が増える……かどうかは分からないが、毎日の記事に対する共感が広がるのは間違いない。底辺層の苦しみを自分たちも感じれば、企画も記事も取材先も質問も変わる。

 もちろん経営陣も執行役員も終わり。特にホールディングス会長の責任は重い。いつまで居座っているんだか。あとは若いのに任せるほうがいい。

 行き過ぎて人手不足が深刻化したらOBに声をかければいい。月額25万円税込みで記者に戻ってくださいと。金儲けを考えずにやってきた職業人の強みはここにある。金ではなく意義で動く人が一定数いる。その人数は恐らく朝日や読売より多いだろう。薄給(と言っても世間相場に比べたらどれだけ多いことか)に慣れているのが毎日の強みである。

相変わらず何が言いたいのか分からない毎日新聞社の広告

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 宣伝が下手くそだなぁと昔から思ってきた毎日新聞社の広告である。東西線大手町駅で見つけた。

 これでイメージが上がる? 部数が増える? 

 んなわけなかろう。では一体何のために金をかけてこんな広告をつくっているのだろうか。「自己満足デス」と言われたらナットクするけれど、自社内での撮影って安易すぎないか?

 宣伝には2種類ある。1つは業界全体のイメージアップに資する内容。もう1つは自社の特性を強調して経営の数字上何らかの効果をもたらす内容。毎日新聞社が従来やってきたのは前者だったことに当事者が気づいていないのか、強調できる自社の特性がないのか。

 宮迫博之さんに出演してもらうのはどうだろう。記者の役で、取材相手にぐっと手を伸ばして「毎日新聞はテープ回してます」と言わせるとか。

 ビートたけしさんに出演してもらって、「部数減る一方で、もうおしめえだって話じゃねえか。まぁ新聞の1つや2つつぶれてもオイラには何の関係もねえけどな。まぁでも、新聞の中ではマシなほうだと思うよ」と言わせる自虐CMのほうがインパクトはある。

 池乃メダカさんに出てもらったら、「毎日新聞に言いたいこと? そうやな。背が高くなる薬を開発してくれ」とか。

 真面目なところでは池澤夏樹さんに出てもらう。本紙を広げ、「日曜の読書面、丸谷才一さんから受け継いだ私が隅々まで目配せしています」と。少なくとも本好きには響く。

 あるいはいま宣伝に出ている空手女子に編集局に乗り込ませてはどうだろう。「特ダネがない! やり直し!」「読者は待ってるのよ!」などと叫ばせ、社長や主筆、編集局長らを殴り蹴る。社長以下土下座して「あしたの紙面を待っててください。印刷まであと2時間あるので何とか頑張ります」。ウケると思うけど、自虐だなぁ。

 

あほ毎日新聞

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 7月10日付『毎日新聞』朝刊(東京本社版)社会面(14新版)とほとんど同じ記事が夕刊(3☆版)に。

 夕刊ではジャニーズ事務所のどうでもいいコメントと所属タレントのコメントを追加してあったが、基本情報約70行は朝刊そのまま。D夕刊を見ると芸能界の反応をまとめた記事に差し替えられている。

 校閲の見落としだろうが、何をやってんだか。最終版だけが商品ではないんだぞ。

 未成年少年愛という性癖に触れず、大本営発表のような糞にもならない記事を載せる『毎日新聞』は200人の早期退職募集でみんな浮ついて仕事にならないのかもしれないな。

名著『昭和史全記録』のあとの駄作『平成史全記録』

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『昭和史全記録』(毎日新聞社)は重宝した。事実を詳細に網羅しており、なおかつ編集が上手だった。私は原稿を書くときの確認などに使ったほか、ぱらぱらと読んでも面白かった。昭和という時代をいろいろな角度から掴み上げようとした名著である。

 というわけで、続編『平成史全記録』に期待した。期待した私が阿呆だった。

 いくつか挙げておこう。

(1)索引がない。資料本としてあり得ない失態だ

(2)出来事の網羅性が低い

(3)出来事の記述が素っ気ない

(4)どうでもいいコラムを多用しての水増し。この手の本はコラムを読むために買うのではない。事実を確認するために当たる本なのである

 毎日新聞社には『昭和史全記録』という名著があるのに、なぜこれを踏襲しなかったのか。紙質も悪い。出版までに十分な時間があったにもかかわらず、こんな駄作しか出版できなかったことに呆れる。

 昭和の63年余をまとめた『昭和史全記録』が1万2000円。平成の30年余をまとめた『平成史全記録』なら6000円でいいのに、3200円だって。

 読者を舐めているのか。編集者が莫迦なのか。手抜きなのか。予算がなかったのか。やる気もなかったのか。

 あーあと言うほかない。『平成史全記録』で例えばシャープや三洋電機、カルロスゴーンについて調べたい思った私はどうすればいいんだ? 1ページずつめくれってか?

 令和決定の号外を縮小して挟み込むくらいの知恵さえなく、『昭和史全記録』から何も受け継いでいない。毎日新聞社のDNAである継続性のなさ出たとこ勝負がそのまま反映されてしまった。

 数十年に1回しか出版する機会がない、しかもあとあと使い続けられる資料本だという自覚のない人たちがつくったんだろうなぁ。


世界報道写真展で思う子供と写真

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 有名な写真が大賞だった。撮影された場所は最前線の1つだろうが、危険が伴わない。しかし伝わってくるものがある。

 敢えてまた斜めの目で言うのだが、演技の世界では子供と動物にはかなわないと言われる。写真もそういうことなのではないか。そういえば、2002年中国・瀋陽の日本総領事館に逃げ込んだ(亡命した)北朝鮮国民母娘が、中国の武装警官に強引に連行された事件の映像と写真が世界中に衝撃を与えたのは、あの小さな女の子の泣きそうな表情の威力だった。

 子供の悲しい顔を見ると居ても立ってもいられなくなるのが人間なのだとしたら、そこに救いを感じる。

 それにしても、である。世界報道写真展なんて真面目な写真を誰が見に来るのだろうといつも不思議に思う。私が行ったのは雨天の日曜だったが意外にも大勢が見に来ていた。こういう写真展を見に来る人がいる限り世の中は捨てたものではないのだろう。

 大きな声では言わないが、世界報道写真展を見に来ていた女性の大半が理知的な美を備えていたのに驚いた。「どこ見てんのよ!」と叱られそうだが。

大地震の危険性に全く触れない奇妙な新聞記事

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 影響が大きいからとか地価を下落させてしまうからという言い訳をするのだろう。しかし、新聞が書かないのはある種の嘘情報を流すことになるという自覚が……ないのだろうなぁ。

 選手村のマンションは買いか否かという27日付『毎日新聞』夕刊(東京本社版)2面の特集記事だが、埋め立て地のマンションなんか買ったらあかんでしょ。首都直下地震や南海トラフ地震の影響を受ける可能性が高いんだから。

 命に関わる話を避けてあーだこーだ書く記事に何の意味があるのだろう。傾きでもしたらその後のローンの支払いどうすんの。危険性を書かないと加害者だぞ。

令和

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 朝から令和令和と空騒ぎ。マスコミがはしゃぐから、「はしゃがんといかんのかいな」と勘違いする人を増やす。

 NHKが朝から阿呆なことを言っていた。どこかの豆腐屋を「令和になっても豆腐を作り続けます」。当たり前やんけ。

 NHKがこうだから、テレビ局のマイクを突きつけられると私たちだって“正解”を言わなければならないと勘違いするもので、「穏やかな時代でありますように」や「私たちが引っ張っていきます」、「新天皇のお言葉はありがたい」などなど全く本気で思っていない意見をひねり出してしまう。

 私なら何と言うだろう。「災害で苦しむ時代になりますよ、ひっひっひ」か「浩宮が雅子ちゃんを全力でお守りできんかったから適応障害起こしたんちゃいまっか。雅子ちゃんは旦那を見限ったと思いまっせ。夫婦生活もうないでしょな」か。

 令和を待ちかねて婚姻届を出したカップルの話はもう飽き飽きだ。赤ちゃんの話もいらん。建て前ほど臭く浅く疑わしいものはない。

 私が知りたいのは、令和を待ちかねて離婚届を出した人、令和初の交通事故死、令和初の火事での焼死、令和初の殺人事件、令和初の傷害事件、令和初の詐欺事件などである。

 腹をくくったのだろう、令和初日にNHKで本音の顔をさらすベッキーを応援したい。


 
 

どうしようもないコラム2つ

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 下手くそ以前のコラムを定期購読紙『毎日新聞』で立て続けに2つ読まされたので記念に記録しておく。

 1つは4月18日付朝刊(東京本社版)の「経済観測」。ここは経済面で「経済観測」という通しタイトルがついているのに、米国の前副大統領のセクハラについて書いた。既報の寄せ集めで目新しさも独自の切り口も皆無という珍しい原稿だった。

 本来担当者かデスクが書き直しをお願いすべきだし、経済原稿を書けないなら筆者(東洋大学の横江先生)はこれ以上恥をさらさないためにも降りるほうがいい。揃いも揃ってどうなっているんだろう。

 もう1つは20日付朝刊(東京本社版)オピニオン面の「窓をあけて」。時々テレビに出ている編集委員の元村さんの連載だ。毎日書くのならネタ切れのときもあるだろう。しかしこの欄は週に1回か月に数回のはずで、だとしたら「われながらよく書けたかも」と思える原稿を出すのが基本なのだが、自分の30年前の経験と上野千鶴子先生の祝辞を合わせて性差別を書いたお手軽原稿だった。どうしようもないな。

 私がかつて仕えた福島支局長の園木さんの爪の垢でも煎じて飲ませたい。園木さんは福島版のコラムを隔週で書いていたが、必ず取材していた。「西野君ね、僕らが取材しなくなったらおしまいだよ」と。「取材するのが僕らの強みなんだよ」と。県警本部長に「毎日の記者は来てますか」と“取材”するんだから私たちはたまったものではなかったが、原稿を書く前の手間暇を惜しまなかった。

 で、元村原稿である。新鮮な切り口も独自の目線もない平凡極まる原稿を載せて恥ずかしくないとしたら記者としてもう終わっている。元村さんは私と同じ1989年の同期入社で、私はとっくの昔に新聞記者を辞めて、その後ずーっと金を払って『毎日』を購読している。単なる読者の私の方がまだ面白いものを書けるなと自信を持たせてくれてありがとう(笑い)。

 というか、誰か彼女に注意してやれよ。お前は何様だと。金払って読んでる読者を舐めんなよと。

『天人 深代惇郎と新聞の時代』から2冊の『天声人語』

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 後藤正治さんの『天人 深代惇郎と新聞の時代』(講談社文庫)は深代惇郎さんの人となりを追いかけた労作だ。そもそも深代さんと机を並べた人が鬼籍に入っていく状況である。取材は難航し、まとめるのも苦労した様子が窺える。副題にあるように、深代時代の朝日新聞社の空気を伝えた本でもある。

 本田靖春、森恭三、酒井寛、疋田桂一郎、三浦甲子二、富森叡児、松山幸雄、轡田隆史、辰濃和男、田代喜久雄、柴田俊治、石井英夫、柴田鉄治、扇谷正造、斎藤信也、本多勝一、小林一喜、富岡隆夫、浅井泰範、門田勲……。こういう懐かしい名前が次々に出てくる。大学時代を中心に『朝日新聞』や朝日文庫などでこうした記者の記事や本をたくさん読んでいた私は「おおー」と感嘆するわけだ(簡単な男であるな)。

 本書は深代さんの私生活を垣間見せたことで絶賛伝記になるのを避けた。配偶者と長年別居していたことや再婚相手が18歳年下だったこと、その再婚生活が深代さんの死去で1年で終わったことを知り、深代さんが抱えた昏さが何となく想像できるのは私も婚姻を破綻させた経験者だからかもしれない。

 急性骨髄性白血病で早逝することがなければ深代さんの天声人語は10年20年と続いたのではないか。本書を読んでいるうちに、深代さんの天声人語を無性に読みたくなった。飢餓状態がずーーーっと続いているせいだろう、良質の思考を味わいたい干からびた脳みそに栄養を吸収したい脳にへばりつく糞どもをもうこれ以上見たくないという欲望がむらむらとわいてきた。ところがだ。朝日文庫で一連の深代本は全て買って読んだけれど、手元に1冊も残っていない。

 アマゾンで調べたところ、2015年に復刊している。というわけで、疋田さんのやつと合わせて『天声人語』を買った。

 深代惇郎の名前が分かる人と話をしたい。

「福島事故」という表現は極めて不快

 NHKのニュースを見ていたら、世耕経済産業大臣が「福島事故」と言っていた。福島事故?

 福島県にある原子力発電所がメルトダウンという恐ろしい大事故を起こしたのだから「福島原発事故」だろう。よりによって経済産業大臣が「原発」を省略してはいかんだろ。

 福島が事故を起こしたかのような「福島事故」の表現はあり得ない。桜田さんの失言とは比べられない悪質さを私は感じる。

 私が知らないだけで以前から「福島事故」と言ってきたのだろうか。その場で記者は誰も咎めなかったのだろうか。福島は「福島事故」と言われることを認めているのだろうか。

 なぜ問題にならないのか。不思議である。
 

1面トップはブラックホールでしょう普通

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 文系馬鹿の私でさえ「ブラックホールを初めて撮影した」というニュースに驚き、興味を持った。撮影したということは本当にあることを証明したと言っていいわけで、人類と科学の快挙である。

 11日付『毎日新聞』朝刊(東京本社版)1面を見て「あーあ」と思ったのは私だけではないだろう。桜田さんの辞任をトップに持ってきた見識(?)を疑う。桜田さんのリップサービスが過ぎてひっくり返ったに過ぎない辞任のほうがブラックホールの撮影成功よりニュース価値が上なのか? 『日本経済新聞』のほうが真っ当な判断をしている。写真は『日経』より大きかったとはいえ。

『毎日』はブラックホールに吸い込まれてよし。

「働く男性の長靴が好き」実名報道はリンチである

 東京・足立区の食品加工会社に忍び込んで長靴を盗んだ男が逮捕された。「働く男性の長靴が好きだった」そうな。

 世の中にはいろいろな人がいる。女性の靴のにおいが好きな人もいる。性別は無関係に臭ければ臭いほど喜ぶ人もいる。趣味の一種に過ぎない。

 それを盗んだからといって、この程度の軽犯罪を実名で報じた連中は容疑者の「働く男性の長靴が好き」という自白を面白がったのだろう。変な奴がいるなぁと笑いながら報じたのだろう。

 これ、そもそも実名で報じる価値があるのか? 

 これだけなら執行猶予がつくのは間違いないのに。実名で報じられてしまったから、容疑者の社会復帰を阻むだろう。

 私はこれを報道リンチと名づける。

岡留安則『噂の真相』編集長逝く

 権力を持つ人間の醜聞を暴いて晒す貴重な雑誌が廃刊し、編集長だった岡留安則さんが沖縄で逝った。どういう出会い方だったか全く思い出せないが副編とはしばらくお付き合いがあった。新宿で夜遅くまで話し込んだ記憶がある。岡留さんとは全くない。もちろんネタを提供したことも一度もない。

 私が『サンデー毎日』にいたころ毎日新聞社の1階にあった薄暗い喫茶店で何回か見かけたことがある。同席していたのは『サンデー』の老練な記者だった。当時の編集長の悪口が『噂の真相』に何度か書かれていたので、あの老練な記者がネタ元だったのだろうか。編集長はめちゃくちゃ怒っていた。

『週刊金曜日』にいたころは、編集委員・本多勝一さんがけっこうつらいことを一行情報で暴露されて顔がピキピキしていたのを見た覚えがある。あの一行情報は焼夷弾並みの破壊力があった。

 活字業界周辺や時代の流れが激変したこともあり、その後『噂の真相』のような雑誌は出て来ない。岡留さんの死去とともに本当に終わったんだなぁ。聖俗の「俗」ばかり引き受けた感のある雑誌だったし、思想もなかったけれど、渡辺淳一さんとワイン女優の隠密旅行の追跡など文芸出版社が逆立ちしてもできない記事を載せた。『噂の真相』で世の中を学んだと言ったら褒めすぎか。


 

明石市長を支持すると再度表明する

 このニシノ説の熱烈な愛読者(ですよね?)からコメントが届いた。以下全文。


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以下に示すのは、神戸新聞報道による明石市長の発言です。

職員「(立ち退き対象だった建物の)オーナーの所に行ってきた。概算で提示したが、金額が不満」

市長「そんなもん6年前から分かっていること。時間は戻らんけど、この間何をしとったん。遊んでたん。意味分からんけど」

職員「金額の提示はしていない」

市長「7年間、何しとってん。ふざけんな。何もしてへんやないか7年間。平成22(2010)年から何しとってん7年間。金の提示もせんと。楽な商売じゃお前ら。あほちゃうか」

職員「すいません」

市長「すまんですむか。立ち退きさせてこい、お前らで。きょう火付けてこい。燃やしてしまえ。ふざけんな。今から建物壊してこい。損害賠償を個人で負え。安全対策でしょうが。はよせーよ。誰や、現場の責任者は」

職員「担当はおります。課長が待機していますが」

市長「上は意識もしてなかったやろ。分かって放置したわけやないでしょ。任せとっただけでしょ。何考えて仕事しとんねん。ごめんですむか、こんなもん。7年間放置して、たった1軒残ってもうて。どうする気やったん」

市長「無理に決まっとんだろ、そんなもん。お前が金積め。お前ら1人ずつ1千万円出せ。すぐ出て行ってもらえ。あほちゃうか、そんなもん。ほんま許さんから。辞表出しても許さんぞ。なめやがって。早くやっとけばとっくに終わってた話を。どないすんねん。悠長な話して。たった1軒にあと2年も3年もかけんのか。何をさぼってんねん、7年も。自分の家売れ。その金払え。現場に任せきりか。担当は何人いるの」

職員「1人しかいません」

市長「とりあえずそいつに辞めてもらえ。辞表とってこい。当たり前じゃ。7年分の給与払え。辞めたらええねん、そんな奴。辞めるだけですまんで、金出せ金も」

職員「担当は今は係長。この間係長は3回替わった」

市長「何やっとったん、みんな。何で値段の提示もしてないねん」

職員「値段は概算を年度末に提示している」

市長「概算なんか意味ない。手続きにのらへんやないか」

職員「市長申し訳ありませんが、(の分は)予算は今年度でつんでいる。前年度は予算ついていないんで、概算しか」

市長「ついてないってどういうことよ」

職員「他の地権者の分、とってますから。丸ごと全事業費は1年間でどーんと付けられない」

市長「見通しわかっとったやろ。ややこしいの後回しにして、楽な商売しやがって」

市長「ずっと座り込んで頭下げて1週間以内に取ってこい。おまえら全員で通って取ってこい、判子。おまえら自腹切って判子押してもらえ。とにかく判子ついてもらってこい。とにかく今月中に頭下げて説得して判付いてもうてください。あと1軒だけです。ここは人が死にました。角で女性が死んで、それがきっかけでこの事業は進んでいます。そんな中でぜひご協力いただきたい、と。ほんまに何のためにやっとる工事や、安全対策でしょ。あっこの角で人が巻き込まれて死んだわけでしょ。だから拡幅するんでしょ。(担当者)2人が行って難しければ、私が行きますけど。私が行って土下座でもしますわ。市民の安全のためやろ、腹立ってんのわ。何を仕事してんねん。しんどい仕事やから尊い、相手がややこしいから美しいんですよ。後回しにしてどないすんねん、一番しんどい仕事からせえよ。市民の安全のためやないか。言いたいのはそれや。そのためにしんどい仕事するんや、役所は」

あなたは、この全発言を認識したうえで「言葉尻を捕えるのはやめよう」と仰せになっているのか。あなたこそ、言葉尻を捕えてモノを言っているのではないか。

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 どこのどなたか存じ上げないが大変聡明な方であるのは間違いなく、しかしこの件に関しては(も?)私と相いれない。阪神を中心とした言葉のやりに慣れていないと、文字面だけでは誤読する可能性がある。

 言葉が生まれる背景がある。言葉が吐き出される理由がある。そうした背景を踏まえて“暴言”かどうか判断すべきで、この件に関しては市長に軍配を上げる。目くじら立てる話でないし、市長が辞職する話でもない。税金泥棒の市職員のそれまでの給与を差し押さえるべき話である。

 公務員に解雇制度の導入を。

言葉尻を捕らえるのはやめよう

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 用地買収が7年も進まず、そもそも買収価格の提示を地権者にしていなかった。そんな公務員は税金泥棒ではないか。上司なら激高して当然である。

 公務員を束ねる市長は市民に対して責任を負う。ゆるゆるの公務員に激怒するくらいでちょうどいい。

 事実、“暴言”の翌月には買収交渉がまとまったという。ということはやっぱり市職員が放置していた=仕事をしていなかったのである。

 明石市長は暴言癖がある人のようだが、この件に関しては私は泉市長の肩を持つ。



【付記】
「火をつけて来い」というのは吉本的な発言である。大阪周辺の人ならそれくらい分かるだろうに。それを真面目に取り上げる新聞テレビも、怒ってみせる市民も余裕なさすぎ阿呆ちゃうか。

『週刊金曜日』倒産へ?

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 創刊当時5万部の安定部数を誇った『週刊金曜日』が1万3000部まで落ち込み、危機を迎えているという。『創』12月号で知った。

 トンデモ本『買ってはいけない』で何億円もの内部留保ができ、それを食い潰しながらやってきた。しかし、社員の自然減を補強せず、賃金も下げて凌いでいる状態だとか。

 創刊から5年くらいの組織が最も不安定な時期を過ごしたのはいい経験になった。もっと早く廃刊すると思っていたので、25年も続いているのかという驚きのほうが私には大きい。

 当時の仲間はまだ頑張っている。それを思うと迂闊なことは言えない。しかし、私は買わない。私を目の敵にして追い出しを画策した元朝日新聞編集委員本多勝一さんが完全に降りて、資本金回収をあきらめるとなれば話は別だが。

 
【追伸】内部留保が潤沢だったころに資本金分は回収したよなきっと。

8紙読み比べの結論

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 1月1日の楽しみは新聞各紙の読み比べである。朝日毎日読売産経日経東京神奈川スポニチ。大きな特ダネは見当たらない。平和、ということにしておく。

 私が注目したのは『東京新聞』の新連載「メディアと世界 揺らぐ報道の自由」である。米国内ではこの15年で20パーセントに当たる1779紙が廃刊、部数は40パーセント減ったという。そんな「ニュース砂漠」の実情を報じた。日本の新聞関係者が注目する連載になるだろう。敢えて言えば表層的な動きだけではなく、どこか1社をモデルにして経営の数字にまで踏み込む必要がある。

 ニューヨークタイムスだったかワシントンポストだったかはインターネットでの収益が増えて経営を支えていると何かで読んだことがある。容易ではないが同じようにネットでの収益を増やすか何か副業を増やすか合併していくか。生き残りそうな新聞社と廃刊した新聞社に何か違いがあるのかどうか。生き残りのヒントを探る連載になることを期待しよう。

 新聞がなくなったら世の中大変なことになると危機感を抱いている少数の人と新聞の息の根が止まってゆく様子を黙って見ながら「うっしっし」とほくそ笑む少数の人の間で、大半の人にとってどうでもいい話なのである。新聞社が抱える問題はここにある。


 

麻原彰晃の最期を伝える記事

 麻原彰晃こと松本智津夫はどんな最期を迎えたのか。

 巷間伝えられているのは概ねこんな内容だ。以下は『AERA dot.』から。

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 (前略)死刑執行を告げた。

「麻原元死刑囚は、暴れたり、声を発することはなかった。だが、前室で目隠しをされ、両足を固定されたときには死刑が現実のものとわかったのか、顔がやや紅潮してみえたそうです」(前出・法務省関係者)

 そして、麻原元死刑囚は刑場へと消えたという。
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 新聞各紙も当時似たような内容を報じていた。そんなに粛々と消えていったのだろうか、信者への影響を考えると麻原がもし暴れていたとしても当局はこう言うしかないだろう、などと疑問を抱いたが、それ以上の報道はなかった。

 ここに来てようやくと言うべきか、麻原の全く異なる最期を伝えた記事が出た。

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 「何をする。バカやろう」と泣き叫ぶなど動揺著しい麻原の身体を、刑務官が後ろから羽交い締めにしてアイマスクで目隠しし、後ろ手に手錠をかけた。四人がかりで抱き上げるように死刑台の上に立たせ、ロープを首に巻き付け、足をひざ下で縛る。
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 一橋文哉さんの連載「もう時効だから、すべて話そうか」である。小学館の『本の窓』の10月号だったか9月号だったか。

 これが本当の話だとしたら、麻原らしい最期なのだが、意外なくらい話題になっていないのが不思議。

辺野古への土砂投入は確かに問題だが

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 この手の報道、よく分かる。よく分かるのだが、うーんと唸ってしまうのはなぜだ。政府批判は簡単なのだが、新聞が批判すべきは見て見ぬふりをする都道府県の姿勢と、その前提である日米安保の議論がないことではないか。

 そんなことしたら地方で部数が減る? ごもっとも。でもね。

 沖縄の米軍基地問題はそもそも日米安保に始まる。踏みにじられてきた沖縄にまだ米軍基地を押しつけるのかと沖縄は政権を批判しているように見えるけれど、「ほかの自治体は無視かよ」「私らを放置プレーかよ」と思っている。事実沖縄県知事だった大田昌秀さんは「ちむぐりさ」という沖縄の方言を使ってやんわりとそういう意味の発言をしていた。

 私が思うに第一候補は鹿児島県。次は熊本県辺りか。いずれにしても九州の県が他人事のように動かないのは問題である。「いや、沖縄にお願いするしかない」というのなら、政見も都道府県もそういう発言をしなければ。もちろん日米安保についての議論も含めて。

 いじめられ続けている沖縄君を政見先生も各都道府県同級生もだまーって見て、知らんふりしている教室が今の日本だな。

一字で1年を表せるわけがない

 賞味期限はとうに過ぎた。にもかかわらず、いつまで報じるのだろう。今年を示す漢字を1字で表せるわけがないのである。報じる価値があると思っているのか、去年も報じたから今年も報じると何も考えずに流れ作業でやっているのか。どちらにしてものんきと言うほかない。

 これから大きな地震や火山の噴火がたびたびあるはずで、そのたびに「災」なのだとしたら工夫も芸もない。やめたら? 報道機関がこれほど阿呆に見えるときはない。

安田純平さん無事帰国の受け止め方

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 内戦下のシリアで武装勢力に拘束されたフリージャーナリスト安田純平さんが3年5カ月ぶりに解放されて帰国したことをどう受け止めるかで侃々諤々喧々囂々である。考えが止まってしまうので「自己責任」という批判はここでは使わない。以下思いつくままに。

 まず無事で良かった。命だけは取り返しがつかない。無事の帰国をまずは喜びたい。ご家族にもお祝い申し上げたい。

 解放の背景には日本政府やカタール、トルコの尽力があったとされる。日本の外務省が頑張って邦人保護の結果を出したことに、それが仕事だとはいえ、やっぱり拍手を送っていいだろう。

 私の周囲では厳しい声が聞こえてきた。テレビを見ると、抑え気味ながらやんわり批判的なニュアンスを伝えるコメンテーターがいたし、横田めぐみさんの母親が「なぜあの人は帰ってきて、大勢の拉致被害者は帰ってこないのか不思議だ」という趣旨の発言をしたようだし、安田さんの過去の発言がブーメランのように戻ってきているようでもある。

 安田さんのご家族はお詫びや感謝を繰り返し語っているようだ。お詫びや感謝の言葉にはニュース価値がないから新聞やテレビは省略しがちだが、報道は省略すべきではない。受け止める側の感情を左右するからだ。

 安田さんの配偶者深結さんを取材した10月25日付『毎日新聞』夕刊(東京本社版)「夕刊ワイド」によると、ご家族は精神的に追い詰められていた。そんな中で深雪さんは今年7月から首相官邸に毎日電話をかけたという。

 安田さんは帰国時にこういうことを知らない。身代金を払うなと配偶者に釘を刺していたようだし。もしかすると日本政府やカタールなどの国家が救出に動いたことを知らず、「おれは耐え抜いた」と思っているかも知れない。だとすると、配偶者やご両親からよく聞いて事態を把握したうえで考え方の軌道修正をするほうがいい。

 私が安田さんなら、と考えた。シリアに行くような人と安全地帯にいる私とでは精神構造が違うので想像の域を出ないが、上記の状況を知ったうえでという前提で想像すると、あまりにも恥ずかしい。身の置きどころがない。政府批判などできなくなる。何を発言しても「政府に助けられたくせに」という目で見られているだろうなぁと思ってしまう。それでも、首相官邸や外務省などにお礼に行く。頭を下げて感謝の言葉を伝える。それを報道されてもいいというか仕方ない。

 日垣隆親分が昔から指摘していた「自分がニュースになってはいけない」の戒めが胸に刺さる。


 

 

頭がブラックアウトした新聞

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 大規模停電は5字。ブラックアウトは7字。2字の差がある。文字が大きくなって収容量が減っている新聞がなぜ字数の多いブラックアウトを使うのか。

 阿呆な『毎日新聞』は初出時に「大規模停電(ブラックアウト)」と記したり「ブラックアウト(大規模停電)」と記したりして迷走中。私が読んだ限りだが、にもかかわらずそのあとの記事で全てブラックアウトを使っている。

 ブラックアウトにはいくつか意味がある。報道管制という意味さえある。そんな英単語を使わずに日本人なら誰でも分かる大規模停電で必要十分である。

 それなのになぜ。そもそもブラックアウトを使う必然性がない。

 私の邪推だが、大規模停電と言うと電力会社が横に浮かぶ。電力会社の責任を避けるためにブラックアウトという横文字で煙幕を張って電力会社を守ろうとしているように見える。報道管制でないことを祈る。




 

警察密着番組は面白い

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 福島県庁内の社会記者クラブで共同通信の福ちゃんと話したので1990(平成2)年ごろだと思う。話題は警察密着番組の問題点だった。ふだん警察取材をしている記者にとって警察密着はあり得ず、その手の番組は警察のたいこ持ちにしか見えなかった。事実、警察の批判は皆無で権力監視を放棄していた。

 放送局には報道系と娯楽系の組織があり、後者が警察密着番組を作っている。放送局だからこそ作ることができるのであって、娯楽系がほとんどない新聞社には逆立ちしても無理である。警察密着番組が時々問題になるけれど、放送局の構造を踏まえなければ的を外す。

 実は私は警察密着番組を嫌いではない。番組を見ると警察に共感してしまう。だからこそ手ごわい。

「善戦」「圧勝」の恣意

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 自民党総裁選で負けた石破さんの闘いぶりを一部報道は「善戦」とした。沖縄県知事選で買ったデニーさんを一部報道は「圧勝」とした。

 デニーさんが勝ったのは弔い選挙だったからであって、もし翁長さんが現職で出馬していたら果たして同じ結果だったかどうか。翁長さんが闘病中「亡くなれば弔い選挙で勝てるのに」という声があったほどだ。

 弔い選挙でデニーさん圧勝が最初から予想できたから、敗れた佐喜眞さんはそれこそ「善戦」したと言える。

 定義が不明確だから何とでも使える曖昧な表現。その使い方で報道側の思いが見え隠れするのだが、そういう情緒的な話ではなく、冷静な分析を知りたいもんだぞ。
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