同じ阿呆なら泥と炎のニシノ説

軽挙妄動のワタシが世の中の出来事や身の回りの出来事に対する喜怒哀楽異論反論正論暴論をぐだぐだ語り続けて3300回

疑問

歯医者でのレントゲン

 定期検診で歯医者に先日行った。「1年撮ってないのでレントゲンを」と歯科衛生士に言われ、まずレントゲン。

 そのあと歯科衛生士によるチェックとクリーニング。最後にレントゲン写真を見せられて「問題ありません。今度は半年後に」と言われておしまい。

 歯医者は出て来なかった。

 歯科衛生士だけで4500円稼いだわけで、これが歯医者として正しいのか金儲けに走っているのか私には判断できない。

 マスクをした歯科衛生士の顔の上半分がかわいかったからよしとする、か?

宇宙人に出会っていいのか

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 NHKでこんなのをやっていた。

 今までの私なら賛成していた。かつてセチアットホームに参加したし。

 しかし、先日何で読んだか、あのホーキンス博士は宇宙人に出会うことを否定していた。宇宙人に出会っても顔を合わせないほうがいいという趣旨の発言も残していたはずだ。

 その理由は、宇宙人が善意の生命体とは限らないからだという。言われてみればそのとおりで、野蛮な生命体だったら地球人はおしまいになる危険がある。宇宙人との出会いはロマンで片付けるわけにはいかないのではないか。

 その辺のことを専門家はどう考えているのだろうか。と書いたけれど、宇宙人の専門家、いないよなぁ。

ウェブテスト、カンニングされてまっせー

「お父さん、ちゃんと働けよ!」

 次女に叱られた。私に似て性格がきつい。カリカリしているわけは、次女が就職か見習い志願のためにウェブテストを受けるのに私がのらりくらりしていたからである。私は何も関係ない、はずだった。ところが……。

 パソコン画面に出てくる問題文の一部を次女が読み上げ、私が別のパソコン上のエクセルだかワードだかに打ち込むと答えが出る。それを次女に伝える。

 答えが出ない場合もある。そんなとき次女は「捨て問だ」と叫んで次の問題に進む。

 どういうことだ? ウェブテストのあと全体像がうっすら見えた。

 ウェブテストを作る会社があり、企業はそこからウェブテストを買う。ウェブテストはアットランダムに出るのかもしれないが詳細は不明。

 一方で大学生は正解を割り出して問題文と正解をデータベース化する。

 問題は読解力を問う分野や数学的処理を求める分野などがあり、国公立大の大学生と私立大なら理系が間違いなく有利だ。私立大の文系は明らかに不利(笑い)。

 つまり、ここで大学の選別が自然に行われる。大学名ではなくウェブテストで落としたという言い訳を企業は主張できる。大学生がこういうデータベースを持って対応していることくらい企業は承知しているだろう。しかし企業はそれでいいのである。

 国公立大や理系の学生はいいなーと思ってしまいそうになるが、その先がまだある。

 例えば九州大法学部の学生ならみんな同じデータベースを手に入れることができる、というわけではなさそうなのである。そのデータベースはサークル内で伝わったり友人間で伝わったりと少数の学生に細々と伝わる。なぜなら、同じ大学の学生同士で競争になるからだ。例えば巨大製薬会社の1つの部門(採用数2〜3人)を慶應大薬学部の学生だけで100人くらいが受ける。

 ここでもう1つ分かったことがある。売り手市場と言われるけれど、それは中小企業の話であって、いわゆる大企業は激戦なのである。

 何だかなー何だかなー何だかなー。疑問符が相次いで浮かぶ。

 なお大手商社は試験場に来させてテストを受けさせるという。このほうが公平ではある。

「お父さん、ブログに書いちゃ駄目だよ」

 すまん。書いてもた。

 そんなしょーもないテストを課す企業に行く価値はないのである。そもそも大企業に入っても定年まで安泰ではない。IBMがパソコン部門を切り離して台湾企業に売ったりシャープが身売りしたり三洋電機が消えたり、パイオニアも東芝もブリヂストンもパナソニックも確か社員に退職を迫って嫌がらせをしたりした。大企業であればあるほど、箱に詰め込まれて外から揺さぶられ、しみじみと無力を味わう。

 渡り歩くことができる能力がこれからの社会人に必須ではないか。それがどんな能力なのか、自分で考えたまえ。ワシには分からん。

現代の“極限の民族”

 打越正行さんの『ヤンキーと地元』が話題になっているると知って、数年前に土門拳賞を受賞した写真集『新宿迷子』を思い出し、さらに本多勝一さんの極限の民族三部作が頭に浮かんだ。すべて同じジャンルとして串刺しにできる。そのジャンルは“極限”である。「極限」ではなく“極限”ね。

 内部のことを外に向けて発信することなど考えたこともない人々が棲む狭い世界がある。その狭い世界に棲む人々は外に向けて伝える言葉やカメラなどの手段を持っていない。持っていたとしても外に向けて伝えようとは思わない。

 その狭い世界に外部から言語やカメラなどの手段を持った人が入っていき、そこから記事や本、写真にして外に向けて発信したのが上記の作品に共通する。

 その狭い世界に棲む人たちは「え? わしらの日々が珍しいんか?」とびっくりする。「これ、わしらには普通なんやけど」と言ってこちらを不思議そうに見る。

 狭い世界は知識教養嗜好階層の餌あるいは慰み物になる。

 本多さんの極限の民族三部作の現場に今では誰でも行けるぶん価値が落ちてしまった。知識教養嗜好階層は日々に飽きるのが早いので、いつも新しい“極限”を探す。その網に引っかかったのが『新宿迷子』や『ヤンキーと地元』などが見せてくれる狭い世界なのである。

 これは小説の世界にも当てはまる。書くべき対象はもうほぼ書き尽くされている。古くは『太陽の季節』がそうだ。あの時代の最先端の湘南の若者の世界に慎太郎が入って行って「こんな若者いてまっせー」と小説にして向かって発信した。

 次はどの世界が餌食になるのか。

 表現者は日々探している。自分のために。

防犯カメラと『一九八四年』

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 防犯カメラが街に増えはじめたころ、『一九八四年』を引き合いに警戒感を示す声があった。『オーマイニュース』でデスクをしていたとき私に回ってきた市民記者の原稿もその類で、東京・神田の商店街に防犯カメラが設置されたことへの警戒感を書いていた。その市民記者に電話をかけて、原稿の不備を伝えた。根拠のない一方的な思い込みではないかなどと話したような記憶がある。

 防犯カメラが人権を侵害するとか個人情報を国家が集めているだとかの反応には少し首をかしげてきた。仮に国家が個人情報を集めているとして、だから何? その先の国家の悪意が私には見えなかった。

 撮られても私は全く気にならない。国仲涼子ちゃんや川口春奈ちゃんとヒミツのデートをしていたとしても「別にぃ〜」である。私が無神経なのかもしれない。しかし過剰反応もなぁ。

 防犯カメラへの警戒心を持つのは『一九八四年』の影響が大きいのではないか。そう思っていたので、ようやく先日読み終んだ。今読んで思うのは、『一九八四年』の舞台は今の中国や北朝鮮に近いということだ。日本や米国、西欧ではこの小説が設定した政治基盤と違いすぎる。

 防犯カメラは刃物や拳銃、車と似ている。それ自体が危険なのではい。誰が、どう使うか、なのである。

 その後防犯カメラが犯人逮捕に役に立ったという話ばかりが報じられている。実際そうなのだろう。防犯カメラへの不安や批判を聞かなくなった。

 やっぱり。ね。
 

大地震の危険性に全く触れない奇妙な新聞記事

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 影響が大きいからとか地価を下落させてしまうからという言い訳をするのだろう。しかし、新聞が書かないのはある種の嘘情報を流すことになるという自覚が……ないのだろうなぁ。

 選手村のマンションは買いか否かという27日付『毎日新聞』夕刊(東京本社版)2面の特集記事だが、埋め立て地のマンションなんか買ったらあかんでしょ。首都直下地震や南海トラフ地震の影響を受ける可能性が高いんだから。

 命に関わる話を避けてあーだこーだ書く記事に何の意味があるのだろう。傾きでもしたらその後のローンの支払いどうすんの。危険性を書かないと加害者だぞ。

男性バスガイドが40年前にいたのに

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 東京の観光地を回るはとバス70年の歴史で初めての男性バスガイドが誕生したとテレビで言っていた。

 ほんまに?

 私が15歳か16歳のころだから40年ほど前に遡る。英語ペラペラのおばに連れられて外国人の集団を運ぶはとバスに乗った。

 ガイドは男性だった。男性は佐藤と自己紹介して、“英語で言えばシュガーだ”と英語で説明していた。「佐藤」が「シュガー」かどうかはさておき、あの佐藤さんは男性バスガイドではなかったのか(だったら何者?)、はとバスの記録が杜撰なのか。

 私の隣の席の女性が確かイランかイラクの人でスラリとした美人だった。宿泊している京王プラザホテルでパーティーがあると言っていたことしか聞き取れなかった。コーガンの美少年だった私は女性を口説くなど思いもよらず、ただただ聞くだけだった。今ならなぁ。

 話を戻す。佐藤さんが確かにいたことをどう説明するのだろう。

令和

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 朝から令和令和と空騒ぎ。マスコミがはしゃぐから、「はしゃがんといかんのかいな」と勘違いする人を増やす。

 NHKが朝から阿呆なことを言っていた。どこかの豆腐屋を「令和になっても豆腐を作り続けます」。当たり前やんけ。

 NHKがこうだから、テレビ局のマイクを突きつけられると私たちだって“正解”を言わなければならないと勘違いするもので、「穏やかな時代でありますように」や「私たちが引っ張っていきます」、「新天皇のお言葉はありがたい」などなど全く本気で思っていない意見をひねり出してしまう。

 私なら何と言うだろう。「災害で苦しむ時代になりますよ、ひっひっひ」か「浩宮が雅子ちゃんを全力でお守りできんかったから適応障害起こしたんちゃいまっか。雅子ちゃんは旦那を見限ったと思いまっせ。夫婦生活もうないでしょな」か。

 令和を待ちかねて婚姻届を出したカップルの話はもう飽き飽きだ。赤ちゃんの話もいらん。建て前ほど臭く浅く疑わしいものはない。

 私が知りたいのは、令和を待ちかねて離婚届を出した人、令和初の交通事故死、令和初の火事での焼死、令和初の殺人事件、令和初の傷害事件、令和初の詐欺事件などである。

 腹をくくったのだろう、令和初日にNHKで本音の顔をさらすベッキーを応援したい。


 
 

糖質殺人計画

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 東京を中心に地下鉄24時間乗り放題券は使い勝手がいい。私はこの券を使って端っこから1駅ずつ乗り降りしてきた。知らない駅の周辺を見て歩くと脳が踊りだす。

 最近の帝都高速度交通営団の地下鉄などでよく見かけるのがこれ。24時間券を使ってスイーツを食べて回るという提案である。

 マジかよ。こんなに短時間にスイーツを詰めこんでいいのか。体重増えるぞ。低糖質の時代にどういう神経でこんなのを作ったのか。店の選び方も分からないし。

 私は甘いものが大好きだが、1つ断言しておくと、いくら甘いもの大好きでもこんな無茶な食べ方はしない。

 

東京湾岸に住まないほうがいい

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 大地震が来ることを忘れているのか忘れたふりをしているのか、いずれにしても共犯である。東京オリンピックの選手村に使われるマンションが安く売られるとかでテレビがはしゃいでいる。恐ろしいなぁ。無責任やなぁ。

 湾岸は大震災の被害を受ける可能性が高い。ほんの少しでも傾いたら普通は平衡感覚を刺激されて気分が悪くなって住むのは難しい。

 海の近くの住宅を見るたびに「何で引っ越さないのか」と不思議に思う。津波や川の氾濫でぜーんぶ持って行かれると想像したことがないのか、「まだ大丈夫」と根拠のない自信を持っているのか、どっちでもいいけれど、大地震が来てからでは遅い。

 住んでいる人はそれこそ自己責任だが、海沿いの不動産を売っている業者は犯罪者でしかない。刑法に定めておくべきだろう。地震で被害が想定される地域に2019年5月1日以降に新たに不動産を建築して譲渡した業者は、譲受人が危険性を知っていても知らなくても、地震による津波などで死んでしまった場合無期か死刑と。

どうしようもないコラム2つ

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 下手くそ以前のコラムを定期購読紙『毎日新聞』で立て続けに2つ読まされたので記念に記録しておく。

 1つは4月18日付朝刊(東京本社版)の「経済観測」。ここは経済面で「経済観測」という通しタイトルがついているのに、米国の前副大統領のセクハラについて書いた。既報の寄せ集めで目新しさも独自の切り口も皆無という珍しい原稿だった。

 本来担当者かデスクが書き直しをお願いすべきだし、経済原稿を書けないなら筆者(東洋大学の横江先生)はこれ以上恥をさらさないためにも降りるほうがいい。揃いも揃ってどうなっているんだろう。

 もう1つは20日付朝刊(東京本社版)オピニオン面の「窓をあけて」。時々テレビに出ている編集委員の元村さんの連載だ。毎日書くのならネタ切れのときもあるだろう。しかしこの欄は週に1回か月に数回のはずで、だとしたら「われながらよく書けたかも」と思える原稿を出すのが基本なのだが、自分の30年前の経験と上野千鶴子先生の祝辞を合わせて性差別を書いたお手軽原稿だった。どうしようもないな。

 私がかつて仕えた福島支局長の園木さんの爪の垢でも煎じて飲ませたい。園木さんは福島版のコラムを隔週で書いていたが、必ず取材していた。「西野君ね、僕らが取材しなくなったらおしまいだよ」と。「取材するのが僕らの強みなんだよ」と。県警本部長に「毎日の記者は来てますか」と“取材”するんだから私たちはたまったものではなかったが、原稿を書く前の手間暇を惜しまなかった。

 で、元村原稿である。新鮮な切り口も独自の目線もない平凡極まる原稿を載せて恥ずかしくないとしたら記者としてもう終わっている。元村さんは私と同じ1989年の同期入社で、私はとっくの昔に新聞記者を辞めて、その後ずーっと金を払って『毎日』を購読している。単なる読者の私の方がまだ面白いものを書けるなと自信を持たせてくれてありがとう(笑い)。

 というか、誰か彼女に注意してやれよ。お前は何様だと。金払って読んでる読者を舐めんなよと。

色が変

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 血管だから赤色にしたのだろう。しかし高校時代に生物を少し学んだ人間なら赤色に違和を感じるはず。

 静脈なんだから青色でしょ。

 ふらふら歩いていた都内の別の場所には同じ「静脈瘤クリニック」があって、そこは青色にしていた。正解。


 

オシャレを説くなら

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 パーソナルデザインスタジオとかいうものを見つけた。東京・赤坂である。

 何をするのか私は全く知らないのだが、パーソナルデザインということは個人個人に合う衣服や色などを教えてくれるのではないか。

 私は車谷長吉さん派なので、だからといってチャックを開けっぱなしにする荒技を真似する覚悟はないのだが、もともと田舎の人間だし、下から見るとおしゃれにうつつを抜かす無残さと阿呆らしさがよーく見えたので、完全に興味を失った。

 それでも着こなしの基本は知っている。その目で見て「ここは大丈夫か」と心配してしまった。上着の袖丈が長過ぎる。かっこつけたおっさんの写真なのだが、全ッ然おしゃれではない。ここにパーソナルデザインを相談しないなぁ私なら。

エレベーターの中で死ぬ

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 大地震が起きるとエレベーターが止まる。缶詰。助けは来ない。

 大地震が起きたらおびただしい数のエレベーターが止まる。エレベーター会社の人も被災者である。そのうえ道路寸断に鉄道麻痺。

 エレベーターの中で死んでゆく。飢えに苦しみながら。満員だったらさらに悲惨だ。座ることさえできない。誰か死んでも外に出すことができない。死体から糞尿が垂れ、死臭が充満する。先に死ぬほうが楽である。

 名古屋大教授の福和伸夫さんが最大限エレベーターに乗らないのはそういうわけである。私も真似をしている。できるだけ階段を使う。足腰の鍛錬になるのでちょうどいい。

 ところが、非常階段を使えないようにしている糞ビルがあり、そこで私は毎月何百回とエレベーターに乗らなければならない。危ないと分かっていて乗らざるを得ない。

 糞ビル所有者は「嫌なら出ていけ」。場所がいいのでテナントはいくらでもいると抜かす。こういう所有者こそそのときはエレベーターに閉じ込められて死ねばいいと私は毎日強く祈っているのだが、世の常としてそういう糞野郎が生き残る。

 どうせなら国仲涼子ちゃんか川口春奈ちゃんと二人きりで閉じ込められて死にたいものだ。それなら楽しいようなヨカンがするのはなぜだろう。

1面トップはブラックホールでしょう普通

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 文系馬鹿の私でさえ「ブラックホールを初めて撮影した」というニュースに驚き、興味を持った。撮影したということは本当にあることを証明したと言っていいわけで、人類と科学の快挙である。

 11日付『毎日新聞』朝刊(東京本社版)1面を見て「あーあ」と思ったのは私だけではないだろう。桜田さんの辞任をトップに持ってきた見識(?)を疑う。桜田さんのリップサービスが過ぎてひっくり返ったに過ぎない辞任のほうがブラックホールの撮影成功よりニュース価値が上なのか? 『日本経済新聞』のほうが真っ当な判断をしている。写真は『日経』より大きかったとはいえ。

『毎日』はブラックホールに吸い込まれてよし。

父親は娘とセックスしてはいけません

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 実の娘とセックスする父親は畜生以下である。それを名古屋地裁岡崎支部の鵜飼裁判長は無罪を言い渡した。畜生にも劣る判決であると言わざるを得ないが、罪刑法定主義に鑑みるとそういう判決になってしまう刑法の陥穽があるわけだ。。

 父親が娘とセックスしてはいけないと刑法が定めていないのは、人間の良識を期待したからだろう。ふつうの人なら顔をしかめる獣の行為である。

 最近のテレビはいちいち「特別の許可を得て入場しています」とか「特別の許可を得て撮影しています」とか「当事者の了承を得て撮影しています」とかテロップでお断りを出す。そこまでしないと理非曲直が分からない阿呆が増えているのである。と書く私は信号が赤でも車が全く来なければ渡るが。

 父親が娘とセックスしたら懲役50年と阿呆でも分かるように刑法に定めるしかない。

小泉純一郎の責任

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 小泉純一郎の責任は大きい。とりわけ規制緩和において。本人は無頓着で責任を感じていない。原発にしても「騙された」と被害者面している。政治家としてどうしようもなく浅薄で無責任。騙されていない政治家がいるのに何でお前は騙されたと平然と言うことができるのかこの薄鈍め。

 この血筋の息子にも私は疑いの目をずーっと向けている。口先で何とでも言えることを目の辺りにしてきたであろうから。

 今日付の『毎日新聞』書評欄で伊東光晴先生が取り上げたのが『アンダークラス――新たな下層階級の出現』である。伊東先生はアンダークラスの生活を強いられた人の社会に対する鬱憤を憂い、最後にこう呼びかけた。

<何よりもアンダークラスを生む社会制度を変えねばならない。それは規制緩和によって可能になった派遣業の廃止である>

 アンダークラスの生活をせざるを得ない人に寄り添う政治ができないなら、それは政治家ではなく有権者の責任だろう。

たかがコーヒー

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 たかがコーヒーである。されどコーヒーとは言わない。繰り返す。たかがコーヒーなのである。コーヒーは単なる嗜好品に過ぎない。私の好みの味がほかの人にも合うとは限らない。それくらい個人差が生じる分野だ。

 自分にとっておいしいコーヒーを追究していけばいいだけの話なのに、もったいぶった解説などをする人がいて、何か高尚なものを飲んでいるかのような錯覚を起こさせる。そんなたいそうな話なのだろうか。

 村上龍のテレビ番組で取り上げられた茨城のコーヒー屋サザコーヒー。一度飲んでみたいと思っていた喫茶店だが、ひたちなか市はちと遠い。東京に進出したので行ってみた。東京中央郵便局KITTE内の店は行列ができていたのであきらめ、JR品川駅構内で飲んでみた。私の舌には普通の味だった。私の舌には大森の喫茶店ルアンのブレンドのほうがはるかに合う。

 試しに品川のサザコーヒーで「徳川将軍珈琲」という豆を買ってみた。その袋には適温として「80〜85℃」と記されているにもかかわらず、同封のパンフレットには「65〜75℃」だって。どっちやねん(笑い)。

 コーヒーの飲み方を人様に任せる人はこだわりがないのである。そんな人は何を飲んでも同じ。

 一番おいしいコーヒーの飲み方は自分の舌に合う豆と飲み方を見つけることに尽きる。

いいマスクを買う

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 子供のころのマスクはガーゼだった。着けても息苦しくない。その代わりウイルスなど平気で通すだろう。

 そもそもマスクはウイルスを防ぐのか。いいマスクはどれなのか。と待ちに待った情報がようやく出た。『モノクロ』を発行する出版社のサイト「360.life」である。フィット度とカット力、使い心地の3点で評価した。私が重視するのはカット力だけである。13商品の中でAがついたのはわずか2商品。そのうちの1つは総合評価で1位になった。

 というわけでさっそく買った。リブ・ラボラトリーズの「立体型不織布マスク ふつうサイズ60枚」である。2箱買っても1000円ほど。

 ユニ・チャームの「超快適マスク」はカット力はDと最低で、10位なのだ。同じユニ・チャームの「超立体マスク7枚入り」はカット力がC。トホホなのである。

 というわけで、リブ・ラボラトリーズの「立体型不織布マスク ふつうサイズ60枚」で決まり。

 詳しくはこちら → 360.life

ヒールやパンプスの強制は女性に対する拷問である

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 女性は何で踵の高い靴を履くのだろう。歩きにくいし膝に負荷がかかるし猫背になるし、いいことなんか何もないのに。

 この疑問が氷解した。2月7日付『毎日新聞』朝刊(東京本社版)第3社会面の「ネットウォッチ」によると、窓口業務や接客業で踵の高い靴を履くことがルールになっていたり身だしなみやマナーとされている職場があるというのだ。知らなかった。

 健康を害する可能性がある服装を強いるのは拷問である。今まで放置されてきたのは一体どういうことだ。私はまた女性が好きで履いているものだとばかり思っていた。私のような無知な男がその阿呆な空気を支えてきたことは否めないが、事実を知った以上私は踵の高い靴の強制、すなわち拷問に反対する。


 

 

「きちんとした文章」を書けなかった日経BP社メルマガ

 自戒を込めて揚げ足取りをしておく。

 日経BP社の本を紹介するメルマガ「日経BPブックニュース」(1月30日配信)の見出しは「きちんとした文章を書くための3つの基本」だった。興味が湧いてどれどれと本文を見たところ、紹介されていたのは『きちんとした文書とメール 完全速習ガイド』だった(笑い)。

「文章」と「文書」は重なるところはあるけれど同一のものではない。単なる写し間違いか打ち間違いなのだが、そもそもメルマガの見出しにした「きちんとした文章」とは何なのか。

 ここから話が少し飛ぶ。

「言葉が大事だ」や「日本は言霊の国だ」などと言われているが、言葉は表層に浮かび上がってきた意思疎通手段の1つでしかない。その根っこにある意思疎通基本OS(感受性や判断力、語彙、思考、論理的に考える能力、伝える相手との関係などなどの多さ少なさ浅さ深さ右寄り左寄りなどなどを私はまとめてざっくりこう呼ぶ)の影響を受ける。

 この意思疎通基本OSの底深くから言葉を発する人がまれにいる。「あ、この人深いな」という程度までは分かるのだが、私の意思疎通基本OSは浅いのでその相手と同じ深さで言葉を受け止めるのは難しいし、同じ深さで相手に言葉を返すこともできない。

 例えば芥川の『薮の中』を読んで感応するところが人によって異なるのはこういう事情なのである。学校教育で磨くことがほんの少しできるとしても、残念なことにほんの少しなのである。この溝をすっかり埋める方法はないと私はあきらめているが、溝に橋を架ける方法はある。深い人が相手の浅さに合わせるのである。浅いところにいる人は自分の浅さに気がつかないけれど、深いところにいる人は気づく。したがって、深いところにいる人が相手に合わせて調整するのである。

 浅瀬で阿波踊りをやっているような私には深い人から積極的に橋を架けてもらわないと話が通じない。というわけでヨロシクねー。って誰に向かって言っているんだ? 
 

児童相談所や教育委員会、学校では無理

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 教師になる人、商社マンになる人、漁師になる人、暴力団に入る人、電車の運転士になる人、パイロットになる人……。大雑把なまとめ方をするけれど、就く職業ごとに性格の傾向がある。

 子供の保護を学校や教師や教育委員会(教師の集まり)や児童相談所に任せるのはそもそも無理なのである。彼らには荷が重いのである。そんなことをするためにその職業に就いたのではない人たちなのである。

 子供を保護する組織はどこなのか。見直すべき時期に来ている。

 警察OBで構成する組織を作って、そこに子供の保護を移管する。子供相手の少年課と暴力団相手の2課の刑事OBが担当する。警察と連携すればいい。

 虐待は犯罪行為だ。犯罪者を扱い慣れている警察に担ってもらおう。

明石市長を支持すると再度表明する

 このニシノ説の熱烈な愛読者(ですよね?)からコメントが届いた。以下全文。


・・・・・・・・・・

以下に示すのは、神戸新聞報道による明石市長の発言です。

職員「(立ち退き対象だった建物の)オーナーの所に行ってきた。概算で提示したが、金額が不満」

市長「そんなもん6年前から分かっていること。時間は戻らんけど、この間何をしとったん。遊んでたん。意味分からんけど」

職員「金額の提示はしていない」

市長「7年間、何しとってん。ふざけんな。何もしてへんやないか7年間。平成22(2010)年から何しとってん7年間。金の提示もせんと。楽な商売じゃお前ら。あほちゃうか」

職員「すいません」

市長「すまんですむか。立ち退きさせてこい、お前らで。きょう火付けてこい。燃やしてしまえ。ふざけんな。今から建物壊してこい。損害賠償を個人で負え。安全対策でしょうが。はよせーよ。誰や、現場の責任者は」

職員「担当はおります。課長が待機していますが」

市長「上は意識もしてなかったやろ。分かって放置したわけやないでしょ。任せとっただけでしょ。何考えて仕事しとんねん。ごめんですむか、こんなもん。7年間放置して、たった1軒残ってもうて。どうする気やったん」

市長「無理に決まっとんだろ、そんなもん。お前が金積め。お前ら1人ずつ1千万円出せ。すぐ出て行ってもらえ。あほちゃうか、そんなもん。ほんま許さんから。辞表出しても許さんぞ。なめやがって。早くやっとけばとっくに終わってた話を。どないすんねん。悠長な話して。たった1軒にあと2年も3年もかけんのか。何をさぼってんねん、7年も。自分の家売れ。その金払え。現場に任せきりか。担当は何人いるの」

職員「1人しかいません」

市長「とりあえずそいつに辞めてもらえ。辞表とってこい。当たり前じゃ。7年分の給与払え。辞めたらええねん、そんな奴。辞めるだけですまんで、金出せ金も」

職員「担当は今は係長。この間係長は3回替わった」

市長「何やっとったん、みんな。何で値段の提示もしてないねん」

職員「値段は概算を年度末に提示している」

市長「概算なんか意味ない。手続きにのらへんやないか」

職員「市長申し訳ありませんが、(の分は)予算は今年度でつんでいる。前年度は予算ついていないんで、概算しか」

市長「ついてないってどういうことよ」

職員「他の地権者の分、とってますから。丸ごと全事業費は1年間でどーんと付けられない」

市長「見通しわかっとったやろ。ややこしいの後回しにして、楽な商売しやがって」

市長「ずっと座り込んで頭下げて1週間以内に取ってこい。おまえら全員で通って取ってこい、判子。おまえら自腹切って判子押してもらえ。とにかく判子ついてもらってこい。とにかく今月中に頭下げて説得して判付いてもうてください。あと1軒だけです。ここは人が死にました。角で女性が死んで、それがきっかけでこの事業は進んでいます。そんな中でぜひご協力いただきたい、と。ほんまに何のためにやっとる工事や、安全対策でしょ。あっこの角で人が巻き込まれて死んだわけでしょ。だから拡幅するんでしょ。(担当者)2人が行って難しければ、私が行きますけど。私が行って土下座でもしますわ。市民の安全のためやろ、腹立ってんのわ。何を仕事してんねん。しんどい仕事やから尊い、相手がややこしいから美しいんですよ。後回しにしてどないすんねん、一番しんどい仕事からせえよ。市民の安全のためやないか。言いたいのはそれや。そのためにしんどい仕事するんや、役所は」

あなたは、この全発言を認識したうえで「言葉尻を捕えるのはやめよう」と仰せになっているのか。あなたこそ、言葉尻を捕えてモノを言っているのではないか。

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 どこのどなたか存じ上げないが大変聡明な方であるのは間違いなく、しかしこの件に関しては(も?)私と相いれない。阪神を中心とした言葉のやりに慣れていないと、文字面だけでは誤読する可能性がある。

 言葉が生まれる背景がある。言葉が吐き出される理由がある。そうした背景を踏まえて“暴言”かどうか判断すべきで、この件に関しては市長に軍配を上げる。目くじら立てる話でないし、市長が辞職する話でもない。税金泥棒の市職員のそれまでの給与を差し押さえるべき話である。

 公務員に解雇制度の導入を。

言葉尻を捕らえるのはやめよう

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 用地買収が7年も進まず、そもそも買収価格の提示を地権者にしていなかった。そんな公務員は税金泥棒ではないか。上司なら激高して当然である。

 公務員を束ねる市長は市民に対して責任を負う。ゆるゆるの公務員に激怒するくらいでちょうどいい。

 事実、“暴言”の翌月には買収交渉がまとまったという。ということはやっぱり市職員が放置していた=仕事をしていなかったのである。

 明石市長は暴言癖がある人のようだが、この件に関しては私は泉市長の肩を持つ。



【付記】
「火をつけて来い」というのは吉本的な発言である。大阪周辺の人ならそれくらい分かるだろうに。それを真面目に取り上げる新聞テレビも、怒ってみせる市民も余裕なさすぎ阿呆ちゃうか。

続・LINEモバイルに乗り換えて

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 慣れた若者が身近にいればさっさと移行が済んだに違いない。初老とも言うべき年齢の私ひとりで格安SIMに移行しながら新しいiPhoneにも移行するという作業は2日近い通信断絶を招いた。

 はっきり助言しよう。LINEモバイルは中高年齢層にはメリハリをつけて教えるべし。不親切極まるネットの説明はすみやかに修正すべし。

 LINEモバイルの説明で最悪だったのは、iPhoneにSIMカードを入れる図。この図に描かれたとおりにSIMカードを差し込もうとしたがiPhoneに入って行かない。とうとうSIMカードの表面を傷つけてしまった。

 ここでふと古いiPhoneはどうなっているんだと思い至り、SIMカードを出してみたらあんた、図が間違っている。裏側にしないと入らないのだ。道理で。

 客の立場で説明するという当たり前のことができていない。

 ついでに言っておく。LINEモバイルは「2年縛り」がないとネットで宣伝しているが「1年縛り」がある。これぞ安倍さんと同じご飯論法である。マイネオなどは縛りは半年しかないことを付記しておこう。

 それでも今の私にはLINEモバイルが妥当な選択なので取り入れた。他社のサービスが向上すれば1年後はさようなら。

一片の悔いもない?

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 誰が何をどう思おうがどうでもいいのだが、と書くと話がここで終わってしまうので敢えて続けると、稀勢の里が引退記者会見で「一片の悔いもございません」と語ったそうな。

 うーん。そうか。ほんまにそうなのか。無理してないか。悔しくて一筋の涙を流してええのに。開き直ったんか。自分の負を見つめたくなかったんか。ええかっこしいか。

 薄っぺらさを感じてしもた。

 こういうの、強がらんほうがええ。背伸びせんほうがええ。

 テレビを見ていたら、あんた横綱としてワースト記録を作ったんやってな。休場ばっかりだったし。ファンの期待に応えたと思とんか。

 私は「敗れざる者たち」が好きなんよ。敗れざる者たちは「一片の悔いもございません」なんて言わんで。

 雌伏のときやのに、そこを見んと。

大相撲の土俵がケガの原因

 大相撲、何であんな高い土俵でやるのだろう。あんな高さでやるから転がり落ちてケガをするのである。

 柔道や空手は平らな床でやっているし、ボクシングは高い場所のリングでやるけれど周囲をロープで囲まれているから転げ落ちることはない。プロレスラーはよく転げ落ちるけれどあれは演技だから数えない。

 土俵づくりの職人さんの仕事を奪わないための土俵なのかもしれない。だとしても、あれだけ高低差をつけなくていいのではないか。転げ落ちる場所にふかふかのマットを敷くなどしておけばケガ人は減る。稀勢の里も引退せずに済んだ可能性がある。

 私が知る限り土俵の上でのケガは少ない。ほとんどが変な体勢で転げ落ちてケガを負う。

 引退会見で「ケガに強い力士を育てたい」と語った稀勢の里だが、その前に土俵を改善しようではないか。ケガは確実に減る。

やむなく「オフィス365」

 去年の暮れからエクセルが開かなくなっていたのだが、何の根拠もなくそのうちに開くだろうと思っていたという辺りがユルユルの文系の特徴の1つかもしれない。

 仕事をする上でどうしてもエクセルを使わなければならなくなって、ところがやっぱり開かない。ワードは開くのにエクセルだけが開かない。検索して調べてみたら、マイクロソフトのサイトを見つけ、その通りやってみたがエクセルはウンともスンとも言わずに私をあざ笑っている。

 パソコンを金槌で叩いてやりたい短気を抑え、オフィス365を契約した。月額900円くらいで1年契約。するとエクセルを開くことができた。ワンノートやパワーポイントなどふだん使わないソフトまで押しつけられ、納得しがたい感情が頭に残るものの、結果オーライとするしかない。月額900円とか1000円とかで油断させるマイクロソフトは曲者だが、パソコン弱者はマイクロソフトに勝てないのである。 

社員証の電話番号が「使われていません」て

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 社員証を拾った。大手商社のそれである。裏に電話番号があったので電話してみたところ、「この電話番号は現在使われていません」だった。何じゃこりゃ。

 天下の旧財閥系商社がこれ? 仕方ないのでインターネットで住所を調べて、総務部宛に送ることにする。封筒の表には「社員証拾いました」と赤字で書いておくかな。

一字で1年を表せるわけがない

 賞味期限はとうに過ぎた。にもかかわらず、いつまで報じるのだろう。今年を示す漢字を1字で表せるわけがないのである。報じる価値があると思っているのか、去年も報じたから今年も報じると何も考えずに流れ作業でやっているのか。どちらにしてものんきと言うほかない。

 これから大きな地震や火山の噴火がたびたびあるはずで、そのたびに「災」なのだとしたら工夫も芸もない。やめたら? 報道機関がこれほど阿呆に見えるときはない。

沿岸津波の事前避難の前に

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 南海トラフ地震で起きる津波などの対策が政府でまとまったという。来ることが確実な大地震に対して何かしなければならない気持ちは分かるし、整備しておく必要性も分かるし、こういう報道が出ることで防災意識を高める効果があることも分かる。

 分かるけど、何か腑に落ちんは何でや?

 20年後辺りに来ると言われている南海トラフ地震だが、そもそも第一撃の予測ができない。第一撃でやられるのは仕方ないので、第二撃からは逃げようということか。奥歯に何か挟まったような違和感があるのは、第一撃を見ないようにしているからだな。

 地価に大きな影響を与えることになるから国は言わないけれど、海や川の近くに住んでいる人に引っ越しを促すのが一番ではないか。日本は空き家が増えているのだから、その空き家を引っ越し先として活用できればなおいいのだが。

 人の生き死にに関わる問題だけにもっと踏み込めないものか。


 

「人生100年時代」の嘘

「人生100年時代」は嘘である。さまざまな意図を持った国家が批評精神のないPR会社に金を払って広めさせているめくらませだというのが私の解釈だ。

 平均寿命は男女ともまだ90歳にも達していない。年金制度はとっくに破綻している。もっと働けもっと働けと定年を引き上げる動きが明確にある。西山事件で「情を通じて」をひねり出し国民感情を動かした知恵者は検察官佐藤道夫だった。ゲッペルスを意味ありげに挙げた副総理が今もいる。

 こういう点と点をつなぐと、「人生100年時代」を安易に追従しないほうがよさそうだ。批評力を発揮していい数少ない組織報道機関ならなおさらね。

東名自動車道あおり運転致死は殺人罪でしょ

 あおり運転されて停止させられた車がトラックに追突されて夫婦が亡くなった痛ましい事件。加害者は自動車運転処罰法違反(危険運転致死傷)などの罪で裁判を受けている。

 報道を見る限りだが加害者には未必の故意があった。殺人罪で起訴できなかったか(できなかったんだろうけど)。2人殺しているから無期懲役か死刑。これが妥当ではないか。

 赤色灯をつけて高速道を走っていたパトカーにもあおり運転したそうだから、私の理解を超える凶暴性と幼児性を垣間見る。無期懲役にして治療する必要がありそうだ。

 罪を憎んで人を憎まずと言うけれど、ご遺族の心中を察するとこんな言葉を使うことなど到底できない。


 

無理して年内に時間を割かない

 12月になると「年内に一度会っておこう」と思うことがあった。しかし、よく考えなくても12月の次は普通に1月が来る。

 ただでさえドタバタしている人は年内に無理して時間を割く必要はないと気づいた。そもそも本当に必要に迫られていたらその人にもう会っている。

 こう思うと、無理をせずに済む。来月か再来月会おうと先延ばしして、そのときになって会おうとしなければそれはそれでいいのである。

土佐犬の困惑

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 交通事故の衝撃で檻が壊れ、中にいた土佐犬3匹が逃走したという。

土佐犬その1「え? ワシら逃走したの?」

土佐犬その2「いやいやいやいや、ごっつい衝撃があってさすがのワシらもビックリしたところ、檻が開いたから外に出ただけじゃがな」

土佐犬その3「そうそう。狭いとこに詰め込まれて運動不足になっとったから身体を動かしただけやで」

土佐犬その1「逃走いうのは人聞きが悪い」

土佐犬その3「ほんまや。オスばかり3匹詰め込まれたこっちの身になって考えてほしいわ」

土佐犬その2「遠くまで行ってないもんなワシら。その辺をちょっと散策してみただけで」

土佐犬その1「そやのに逃走って、それ違うわ。散歩しただけやのに。せめて一時行方不明とかにしてほしいな」

土佐犬その3「なめたらいかんぜよ」

土佐犬その2「お前映画の見過ぎ」

平成最後と言われても

 元号で時代を区切ることに違和感があるというか、もうおなかいっぱい。NHKのアナウンサーまでが「平成最後の12月」とか「平成最後の大晦日」とか言う。確かに事実だが、大安売りのしすぎである。

 こうなると、平成最後の日は「平成最後の朝」「平成最後の朝メシ」「平成最後のコーヒー」「平成最後の通勤」「平成最後の仕事」「平成最後のオナラ」「平成最後のウンコ」「平成最後のセックス」「平成最後の晩飯」などといちいち言及せざるを得なくなることに気づいているだろうか。

 行く年来る年のノリがあるのかもしれないが、もうやめといたほうがいい。そもそも西暦で見れば「なんのこっちゃ」だし、時代は少しずつ少しずつ気づかない変化の積み重ねで変わっていくのだから、平成狂騒曲に対して「平静になれ」と言いたいぞワタシは。



 

流行語大賞に安易に乗りすぎ

 テレビも新聞も流行語大賞という宣伝に見事に引っかかっている。流行語の候補とやらまで出して悪ノリするユーキャンに引っかかり、宣伝に努める愚かさに気づいてないとしたらどうしようもない。特に民間テレビは。

 報道機関なら自前で流行語を決めることくらい朝飯前だろう。まず社内の記者で決定する。読者でも決定する。この2つで各社の個性が出るだろう。

 必ずしも流行語である必要もない。あとで振り返ったときに「あの時代はあれがあった」と思い起こさせるニュースでもいいし、ニュースの中の単語でもいい。

 ユーキャンに頼るのはもうやめよう。

狙われるリュックのチャック?

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 リュックを背負う人が増えて、チャックが開いたままになっているのに気づかないで歩いている人も増えた。目が後ろについていないので気づかないのは仕方ない。しかし、である。開いたチャックは単なる締め忘れなのか?

 開いたチャックの何割かは腕利きのスリがチャックを開けて何か盗もうとした形跡ではないか。何度かここに書いたけれど、ロンドンの地下鉄でリュックのチャックを開けて盗もうとしている現場を私の目の前数十センチの辺りで見たことがある。背負っている若いアジア系女性は全く気づかず、盗んでいる若い黒人も私が目の前で見ていることに気づかない(笑い)。「ビーケアフル!」と女性に呼びかけたら犯人が驚いて次の駅で降りていった。背中は死角なのだとロンドンの地下鉄で学んだ。

 というわけで、チャックが開いていることに気づかないでリュックを背負って歩いている女性には「チャック開いてますよ」と声をかけている。ん? 何か?


 

 

免震不正の深層

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 深層と書いたが深い話ではない。阪神大震災のとき首都高の柱が崩れ、そこに埋め込まれていたタバコの箱だか空き缶だかのゴミが明らかになった。そういうことをした人の心情を想像して私は寒気を覚えた記憶がある。

 大きな建造物だしコンクリートで密閉されるし壊れることはないだろうから発覚しない、発覚しても誰の仕業か分からない。そういうふうに判断してゴミを首都高の柱に詰め込んだのだろう。バレるわけがないと考えた薄ら寒い人心は矜持の問題か道徳の問題か。

 最近も神戸製鋼や日立化成、スズキ、フジクラ、日産などが不名誉な“犯罪行為”を報じられている。免震・制震装置の不正も似たようなものではないか。大地震で壊れても「想定以上の負荷がかかった」で言い逃れることができると見くびったのだと私は見る。もう1つの可能性として、これだけ不良品が出ていたということは免震や制震は机上の技術でしかないのではないか、という疑問が残る。

 このような問題は例えばカメラ業界では起きない。ニコンのZ7に対して宗教戦争かと呆れるくらいソニー派やキヤノン派も入り乱れて性能批判が飛び交っている。消費者に近い商品は目の肥えた消費者がいるから品質管理が厳重だ。

 10月27日付『毎日新聞』夕刊(東京本社版14新版)社会面は「品質より納期」と見出しを掲げた。その通りではあるのだろうが、会社は会社で現場の品質管理の重要性を知らず、現場は現場でバレるわけがないという見くびりがあったと私は見る。一般消費者の目に触れる商品やサービスではないから、ニコンやソニーのような緊張感や厳しさを持っていなかったと私は見る。

 現場で手抜きされたらおしまいだ。最後の関門として機能するためにはどうすればいいのか。私に名案があるわけがない。ただ、矜持の問題だとは思う。

アマゾンのプライム会員サービスが劣化した?!

 NHKのラジオ講座テキストをアマゾンで買う場合、プライム会員でも合計2000円以上でないと買うことができなくなった。

 ラジオ講座テキストは安いからかと思ったが、どうやら違う。例えば400円ほどの新潮文庫なら従来通り1冊から注文できる。

『ラジオ英会話』と『実践ビジネス英語』を毎月買っているけれど、1000円にさえ満たない。NHK出版とアマゾンの間で何かあったのか?
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